【書評】 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 ブレイディみかこ

 イギリスで結婚、アイルランド人の夫と12歳の息子と3人で暮らす著者が、息子の通い始めた「元底辺中学校」で起こるさまざまな事件を通して、一緒に悩みながら成長していく過程を綴ったノンフィクション。

 著者は「一応カトリックの洗礼を受けており」、配偶者の叔母は修道女、従弟には神父もいるという「敬虔なカトリック一族の出身」でもあるため、息子は「人種の多様性がある優秀でリッチな」公立カトリック校に入学。しかし、学校見学会を機に、「白人労働者階級」の子どもたちが通う中学に進学することになる。

 小学校では生徒会長もしていたような真面目で「いい子」の息子が直面するのは、人種差別、ジェンダー問題、貧富の格差、万引き、いじめ、暴力、政治的対立など、まさに世界の縮図。

 一見パンクで破天荒な子育て奮闘記だが、決して他人事とは思えない遠くて近い世界の現実と向き合わされる。全米に拡大した警官による暴行死への抗議デモを引き合いに出すまでもなく、21世紀に至ってもなお、人類はあらゆる差別と決別できずにいる。

 「カトリック教会に所属して子どもをカトリック校に入れる保護者たちも圧倒的にミドルクラスが多い。つまり、親の所得格差が、そのまま子どものスポーツの能力格差になってしまっているのだ」

 かつてイギリスの植民地だった香港でも、課題は共通する。果たして、日本の「リッチな」キリスト教系私立校に通う「いい子」は、「荒れた公立校」との格差を、どれだけ想像できるだろうか。

 厳しい現実に留まらず、学ぶべきヒントも多い。公立中学校から導入が義務づけられているというシティズンシップ・エデュケーション(公民教育)の充実ぶりもその一例。他人に同情するシンパシー(感情移入)と、知的作業としてのエンパシー(英語の定型表現では「自分で誰かの靴を履いてみること」)の違いなどは、画一的で押し付けがましい日本の道徳教育でもぜひ扱ってほしい。

 固定概念や偏狭なナショナリズムに囚われず、寄留者として俯瞰する親子の視点は、同じくカトリック信者の親元で育ち、国際結婚の末、海外で活躍する漫画家のヤマザキマリさんとも重なる。

 「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らす」という著者の言葉に、いま一度耳を傾けたい。

【本体1,350円+税】
【新潮社】978-4103526810

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