【書評】 『キリシタン世紀の言語学――大航海時代の語学書』 丸山 徹

 ザビエルが来朝した1549年より約100年間の「キリシタン世紀」、カトリック宣教師たちは日葡辞書、日本語文法書、文学書、宗教書などを精力的に編纂した。現存するそれらは、いわば「言葉のタイムカプセル」であり、詳しく調べることで当時の日本語の実像が鮮やかに映し出される。

 例えば本書では、通事ロドリゲスが著した大小二つの日本文典によって当時の人々が「サ行子音の破擦音」を使用していたという結論が導き出されている。これは現在でも「おさかな」を幼児が「おちゃかな」と発音することの背景となっていると考えられる。「タイムカプセル」を開ける時、中世の日本語が現在につながっていることを確認できるのだ。

 著者である丸山氏の業績は多々あるが、通事ロドリゲスが用いたポルトガル語を、かつて誰もやろうとしなかったほど煩雑な部分まで克明に分析することによって、キリシタン版が組版担当者の交替によって綴り字も交替し、何ら問題とされなかった実状を明らかにしたことが挙げられる。また海外の研究者と協同研究を行い、日本と同時期にイエズス会が宣教していた地域(アフリカ、ブラジル、インド)のポルトガル語で書かれた現地語文献と比較することによって、グローバルな観点からキリシタン文献を考察した。

 ところが海外の研究者との協同研究は英語論文が多く、日本語論文も大学紀要に掲載されたため、これまで一般の人が丸山氏の研究に触れることはできなかった。本書は、初めて出版された丸山氏の単著で、30年以上にわたり公にされてきた日本語論文が収められている。

 学術書には珍しく平易な文体で書かれており、学生との「マジ?」といった対話から始まって、キリシタン時代の言語的特徴を解説していく章も見られる。「読みやすさ」よりむしろ、「思いやり」に似たものを感じ、多少難解な箇所も乗り超えて読んでいこうという励ましを受けるのは、読者にはありがたいことかもしれない。

 本書の意義は、日本語史研究に欠かすことができないキリシタン文献の内容把握を縦軸に、同時代の他の宣教地における現地語文献を横軸に据え、それらの構成と16~17世紀ポルトカル語正書法書を比較対照することによって、外側からキリシタンに光を当てたところにあると言えるだろう。著者の研究が、今後さらに進んでいくキリシタン理解の基礎となっていることは間違いない。

 これまでキリシタン版を内側、つまり日本側から見ていたのなら、本書を機に外側から、グローバルな視点からキリシタンを見つめ直してみるのはどうだろうか。体は内(家)にこもることが多い昨今だが、人には想像力の翼があるという。良書を開けば、きっと普段と違う風景に出会うことができるだろう。

【本体12,000円+税】
【八木書店】978-4840622448

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