【書評】 『香港の民主化運動と信教の自由』 松谷曄介

 香港はもともと清の一部だった。アヘン戦争(1840~42年)の末、イギリスに割譲されたが、天然の良港に恵まれた上にイギリスのインフラ投資によって大きく発展した。第二次世界大戦後もイギリス領のまま繁栄し、重要な国際金融センターになった。1984年に署名された英中共同声明で、香港は中国に返還されることとなったが、この際、1997年の香港返還以後50年は一国二制度に基づき、香港において社会主義政策を実施しないことが確認された。

 あくまで一つの国だが、制度を別に作るという方式で、中国本土では認められない言論・集会の自由、通貨・パスポートの発行権を持つことが決められた。また香港人による高度な自治は50年間は不変とし、普通選挙の導入を目指すことも約束された。ただし行政権はほぼ完全に中国が握ることになっていた。日本の首相にあたる行政長官は中国共産党の息がかかった一部のエリートのみにしか選挙権がなかった。政治的権利はほとんど認められていないのに、市民の自由は保障されているこの状態は、「民主はないが自由はある」と評された。

 事態が大きく動いたのは2014年だった。中国政府は2017年から香港で行政長官選挙をすると発表したが、民主派の立候補を事実上排除する制度を導入した。これに反対する大規模なデモが起こり、警察が放つ催涙弾をかわすため、デモ隊がヘルメットとマスク、傘を装備したことから、雨傘革命と呼ばれた。

 本書は雨傘革命から今に至るまでの香港の状況と、民主化運動に関わってきたキリスト教関係者の生の声、「香港2020福音宣言」などを所収し、信教の自由とは何であるかを改めて問う。編訳者は、前著『日本の中国占領統治と宗教政策――日中キリスト者の協力と抵抗』(明石書店)でキリスト教史学会賞および国際宗教研究所賞を受賞し、中国近現代史、特にキリスト教史の専門家として知られる。

 香港では2019年になると、逃亡犯条例改正問題が持ち上がった。かつてないほどの大規模なデモが起こり、世界各国からも反対が表明された。これを受けて林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は改正案を一時停止し、9月に完全撤廃した。逃亡犯条例改正は阻止されたが、デモは収まらなかった。ここでデモを止めてはならないと、市民はさまざまな要求を出し続けた。

 ところが思わぬ形でデモは終息することとなる。2020年に入ると、世界中でコロナウィルス感染が拡大し、デモを行うことは事実上不可能となった。この隙をつくように2020年6月30日、中国の全人代(日本の国会に相当)常務委員会は「香港国家安全維持法案」を香港議会を通さずに全会一致で可決した。その中身は「香港の国家分裂・中国政府転覆の禁止」「テロ活動・外部勢力での内政干渉禁止」「香港に国家の安全を守る機関を設立」というもの。具体的に何が違法となり、処罰の対象となるのかがあいまいであり、拡大解釈が懸念されたが、法案反対のデモは行えず、世界各国もコロナ対応に追われていた。

 そして2020年7月1日、香港返還から23年目を迎えたその日に、香港国家安全維持法が初めて適用された。この日、コロナにもかかわらず1千人近い市民がデモ行進をしたが、香港警察は国家安全維持法に基づき370人を逮捕したのだった。8月10日には、民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏や、黎智英(ジミー・ライ)氏など10人が香港国家安全維持法に違反した疑いで逮捕された。その後一旦保釈されたが、12月2日、周庭氏には禁錮10カ月、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏には禁錮13年半の判決が言い渡され、現在も収監中である。

 本書ではこのような一連の香港情勢に加えて、教会とキリスト者がいかに関わってきたかが概説されている。香港の全人口に占めるキリスト教人口は約12%で、香港の小学校から高校までのうち約54%がキリスト教系である。香港のキリスト教は中国大陸と歴史的連続性を持ちつつも、異なる枠組みで歩んできた。

 中国大陸では憲法上は信教の自由が認められているが、教会は愛国宗教団体への登録を迫られる。登録しなければ、教会は非合法組織と見なされ、取り締まりの対象とされる。国家安全維持法によって、一国二制度が終わり、「一国」の支配・統治に飲み込まれてしまうのではないかという恐れの中、香港牧師ネットワークによって、「香港2020福音宣言」が掲げられた。

 「私たちは、香港人が大切にしてきた価値観が蝕まれ続けているのを目の当たりにし、さらには『一国二制度』が変質しつつあることを憂慮しています。ある学者は香港人の鬱々とした悲観的な感情を『憂鬱と絶望の極み』と表現していますが、実に多くの香港人が、すでに敗北感や無力感などの悲観的な集団心理に困惑させられ、将来に対して希望を抱くことができなくなっています」(「深淵から求める七日間の祈り」)

 「こうした状況下にある香港人は、まず最初に『恐怖からの自由』を失い、次に『思想の自由』、『言論の自由』、『表現の自由』などを失っていくだろう。香港の核心的価値と制度の崩壊、またそれに伴う党国化の浸透と直接管理の進行は、『二制度』が未曽有のスピードで『一国化』に向かうであろうことを予期させる」(「国安法の暗雲」)

 現場からの声には危機感が混じるが、香港のキリスト教界は一枚岩ではなく、信教の自由には影響がないと考える人々もおり、教会が世俗の政治に関わるべきではないとする立場もある。そのような違いを超え、いかに一致を保つことができるのか当事者の苦闘が重ねられている。

 本書を翻訳・出版する過程で編訳者は、3年間も香港に行って学んでいたのは「この時のためにこそ」(エステル記4章)だったのだと強く感じたという。「あとがき」には、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏の母が書いたメッセージ「ヨシュア記の中で神様がヨシュアを励ました御言葉を忘れないように……強く雄々しく」が挙げられ、本書を自由のために戦っている香港の「ヨシュアたち」に捧げたいとの言葉で結ばれている。

 本書のすべての行間からはっきりと、「祈り」が聴こえる。その「祈り」に心を合わせたい。

【Zoom・2月26日】『香港の民主化運動と信教の自由』出版記念オンライントークライブ

【本体1,800 円+税】
【教文館】978-4764274464

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