【書評】 『アジアの公共宗教 ポスト社会主義国家の政教関係』 櫻井義秀 編著

 マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が、キリスト教の世俗化と近代経済社会の発展とを説明して以来、キリスト教の隆盛や衰退、政治と一体化した公共宗教から個人の内心の私的宗教へ、といった枠組みで近現代キリスト教史が語られることが多かった。ベネディクト・アンダーソンもその系譜にあるといえるし、宗教の世俗化・私化論に異を唱え、宗教の公共性を再評価するホセ・カサノヴァもまた、その問題系をウェーバー以来の流れにおいて共有している。

 しかしそれら一連の議論はあくまでドイツ人ヴェーバーの説に起源を持つのであり、またヨーロッパおよびアメリカのプロテスタント圏について説明されたものである。ヨーロッパにも正教圏やカトリック圏もあるし、アジア諸国にはキリスト教以外の諸宗教がひしめいている。

 こうした、マックス・ヴェーバーからホセ・カサノヴァに至る宗教論では説明しきれない非プロテスタント圏の宗教における公共性について、本書にはアジアそれぞれの地域を専門とする研究者たちが論考を寄せている。読み進めるうちに、そもそも「宗教」という語が何を示しているのか、「公共」とはどの場所を指す言葉なのかさえ、地域によって大きく異なることが明らかとなる。

 本書を読むことで、日本にもまた日本固有の「公」と「私」、宗教における信仰的実践の体系が存在することが浮き彫りになる。日本のキリスト教徒は人口の1%にも満たないと嘆かれることも多いが、実は日本におけるキリスト教もまた、日本独特の意味で「公共的」であることが、本書をとおして明らかになるだろう。

【6,820円(本体6,200円+税)】
【北海道大学出版会】978-4832968608

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