【書評】 『スーパーノヴァ 騎士と姫と流星』 ディー・レスタリ 著、福武慎太郎・西野恵子 訳

 「現代インドネシア文学」と聞いて、タイトルや作家名が思い浮かぶ人は少ないだろう。インドネシア語検定特A級合格者は本書の翻訳者を含め過去に16人。日本語で読める小説はごくわずかだが、当然ながらインドネシアではインドネシアの文学が生まれ続けている。1990年代後半からの民主化に伴い、インドネシア文学界には「サストラ・ワンギ(いい香りの文学)」と呼ばれる新風が吹き始めた。その代表作家であるディー・レスタリは、大学時代にアイドルグループのメンバーとしてデビューし、25歳の若さで本作を発表。一躍ベストセラー作家となった。

 舞台は、混沌と秩序が交錯するジャカルタ。男性同士のカップル(レウベンとディマス)が対話をしながら小説を構想するという「作中作小説」の形式で物語は進行する。彼らの小説に登場するのは不倫カップルと謎の娼婦。イスラームの規範が支配的なインドネシアにおける性的マイノリティや道徳観が主題かと思いきや、特殊な恋愛関係を描きながらも、人類の普遍的な愛のかたちが見出されていく仕掛けとなっている。

 また本書の特徴となっているのは、随所に散りばめられた数学や量子力学といったサイエンスの要素。「レウベンが突然停止した。あるイメージが、まるでテレビ広告のように、脳裏に通り過ぎていった。マンデルブロのフラクタルの図だ。これまで生きてきた中で、もっとも美しい画像だった。……フラクタル自体の意味は『不規則な』という意味で、『断片』に含むことができる。欠片だ。測定可能な変数と測定不可な変数から成り立つ基本パターンにより、フラクタルは、原点を持たない基本パターンとなる。非線形のシステムが存在するカオスや乱流には、必ずフラクタルがある。そして、人生のすべては、物質的なレベルから、エネルギー、身体的、精神的なレベルにいたるまで、数々のフラクタルで満ちている」

 フラクタルとは、フランスの数学者ブノア・マンデルブロが提唱した幾何学の概念で、全体と部分が自己相似になっている図形のこと。厳密には自然界に存在しないとされているが、身の回りにその近似を見ることができる。例えば雪の結晶やロマネスコ・ブロッコリーなどの美しいパターンがそれだ。著者はこの幾何学的なイメージを、登場人物たちの相関関係にオーバーラップさせる。

 著者レスタリはプロテスタントの家庭に生まれ育ち、成人後に仏教へと改宗した。インドネシアを含む東南アジア地域はヒンドゥー神話のマハーバーラタやラーマーヤナを王権の基盤としている。都会的でスタイリッシュな現代小説でありながら、多様な宗教的・文化的背景を感じさせるテイストが失われていないことも作品の魅力。朝電話をすると、相手の声と共に受話器から聞こえてくるのはアザーン、富裕な青年実業家が恋人に贈るのは日本のマンガ。ヒンドゥーの神の化身アヴァターラからインドネシア庶民のスイーツまで登場して作品を彩る。

 「スーパーノヴァ」は爆発によって誕生する超新星。この長編小説の題名だが、遠い地で新しい文学の星が爆誕し、光り輝いていることも同時にあらわしているように感じられる。その星が照らしているのは何だろう。古い規範に縛られない普遍の宇宙(そら)に描かれているのは、人々が織りなす愛のフラクタル。

【3,080円(2,800円+税)】
【上智大学出版/ぎょうせい】978-4324110300

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