【書評】 『謎解きの知恵文学 旧約聖書・「雅歌」に学ぶ』 小友 聡

 性的な描写が多用され、恋人との官能的な関係が綴られている旧約聖書の「雅歌」。聖書正典に含まれているにもかかわらず、教会で語られる機会がほとんどない。

 「あの方が私に口づけをしてくださるように。/あなたの愛はぶどう酒よりも心地よくあなたの香油はかぐわしい」(雅歌1:2~3)

 終始一貫して男女のエロス的愛を称賛するという規格外の書物であるため、神とイスラエルの関係を秘儀的に表現する歌としてもっぱら寓意的に解釈されてきた。2004年発行の『新共同訳 聖書辞典』(日本キリスト教団出版局)でも「紛れもなく、恋愛叙事詩である。それがどうして、正典に入れられたのか」と解説されている。しかし著者は、知恵文学として「謎解き」することで教会の講壇に取り戻そうとする。

 知恵文学といえば「箴言」「ヨブ記」「コヘレトの言葉」が挙げられ、「雅歌」を含める学者は少ないが、冒頭に「ソロモンの雅歌」と書かれているように、たとえソロモンが書いたものではないとしても知恵の王ソロモンに結びつけられた文書であり、両義的・多義的な意味を引き出す「知恵」の機能が込められていると考えることはできる。

 紀元1世紀に由来するユダヤ教の伝承において、「雅歌」の正典化について議論されたが、その時点からユダヤ教では寓意的解釈がされていたことがわかる。キリスト教会においてはキリスト論的に解釈され、オリゲネス(紀元3世紀の教父)に代表されるようにキリストと教会の秘儀的関係を表現する歌として、やはり寓意的に読まれた。宗教改革後もそのような解釈は継承された。

 本書はまず古代から現代に至るまでなされてきた解釈史を概説。アラム語訳旧約聖書のタルグム、オリゲネスとベルナールの比較からは、古代から近世までのキリスト教世界において、花婿がキリストで花嫁が教会であるという解釈が揺ぎなかったことがうかがえる。

 20世紀最大の神学者カール・バルトは、『教会教義学』のなかで「雅歌」を「人間性についての旧約聖書の大マグナ・カルタ憲章」と呼んだ。ボンヘッファーは『獄中書簡』で旧約の知恵文学を評価し、「完全な自立性を持ちながら、しかも定旋律に関わっているこれら対旋律的な主題の一つが地上の愛であって、聖書にも雅歌がある。……聖書の中に雅歌があるということは、本当に良いことだ」と述べている。

 終章にあたる11章、12章では、「ホセア書」との類似から本格的にテキストを読み解く。「雅歌」には聖書に一度しか出てこない語が数多く登場し学者を悩ませるが、その代表である「シュラム(の女)」「アミナディブ」を謎解きして、そのベクトルの延長線上に「神の国の婚宴」というイメージを浮かび上がらせる。

 字義通りの読みをしつつ各時代の解釈と研究史を丁寧にたどり、聖書学の知見に基づき再解釈することで、「旧」約聖書に内在する「新しい」地平が見えてくる。

【1,210円(1,100円+税)】
【ヨベル】978-4909871459

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