【書評】 『剣を打ち直して鋤とする すべての命に然り』 菊地 譲

 コロナ禍による経済的打撃でシャッター街が増えている。社会の片隅に追いやられた人々の現状はいかほどだろうか。低賃金、借金、失業……〝自己責任〟の名のもとに貧しくされた者たちは「お腹いっぱい」になることもままならない。山谷(さんや)は、かつて東京都台東区にあった地名。ドヤと呼ばれる簡易宿泊所が並び、日雇い労働者の寄せ場があったことで知られる。今は「東浅草」などとなったが、通称として残っている。

 日雇い労働者の街は高齢化に伴い生活保護者の街へと変化し、携帯電話の普及で非正規労働者は山谷でなくても短期の仕事を得られるようになった。しかし一部は現在も山谷のドヤやアパートで生活しており、無宿者も多い。著者は、そんな山谷に日雇いとなって飛び込み伝道を開始。低所得者も「お腹いっぱい」になれる「まりや食堂」(現在は弁当屋)を開設して30年になる。自身が牧会する山谷兄弟の家伝道所での読書礼拝の内容とエッセイをまとめた。山谷が老人の町となり、今や戦いの「剣」ではなく「鋤」を必要とする時期に至ったとして書名に付けた。

 読書会では、コロナ禍でよく読まれたカミュの『ペスト』や石牟礼道子、ガンディーに関する本などを取り上げるが、特に丁寧に読まれているのはヨブ記。各章を吟味し、ヨブの「反抗と信従」について考える。

 エッセイでは「まりや食堂」の日常から共生が語られる。弁当は3種類あり、のり弁は130円、単品のおかずは30円。弁当にはコンビニのおにぎりより多くのご飯が入っていて、栄養バランスも考えられている。生活保護は以前より受けやすくなったものの、それでも大盛りを買って帰り1日分の食糧とする人もいるという。「腹いっぱいになるのはよいことで幸せだ」と述べる著者は、貧しい人に寄り添ったキリストの姿に思いを馳せる。

 「まりや食堂の前には、時間前にもう十人ぐらいの人が並んでいる。イエスはまりや食堂の弁当の一包みと30円の単品と共にいて、弁当を買いに来る山谷のおじさんの腹の中に収まるのだ。こうしてイエスはおじさんたちと共に歩んでいる」

 「剣を打ち直して鋤とする」は、イザヤ書2章4節から。その後にはこのような言葉が続く。「国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。/ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう」(新共同訳)。ニューヨークの国連本部前にはこの聖句が刻まれたモニュメントが建てられている。世界平和、人類の幸せといった遠大な夢への道のりも、社会の片隅で鋤を手にして耕すことから、真心込めた130円の弁当から始まるのかもしれない。

【2,200円(本体2,000円+税)】
【日本キリスト教団出版局】978-4818410824

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