【書評】 『東西の霊性思想 キリスト教と日本仏教との対話』 金子晴勇

 「霊性は普遍性をもっていて、どこの民族に限られたというわけのものでないことがわかる。漢民族の霊性もヨーロッパ諸民族の霊性も日本民族の霊性も、霊性である限り、変わったものであってはならぬ。しかし霊性の目覚めから、それが精神活動の諸事象の上に現われる様式には、各民族に相異するものがある、即ち日本的霊性なるものが話され得るのである」(鈴木大拙『日本的霊性』)

 人間の心の最内奥にある「霊」の機能である霊性は、一般的には「信仰心」や「宗教心」もしくは「信心」と考えられている。著者は、仏教とキリスト教は教義の面では対立を解消できないとしても、霊性という機能の面では相互に学び合うことができるのではないかと比較・検討していく。

 東西の霊性を比較するにあたり、まずアウグスティヌス、ディオニシオス、ルターからキリスト教における霊性の特質を抽出。『アウグスティヌス著作集』をはじめ、ルター、エラスムスの翻訳を手がけ、『キリスト教思想史の諸時代1~3』など多くの著作を手がけてきた著者の長年にわたる研究と思索のエッセンスが凝縮されている。

 続いて空海、法然、親鸞、道元、白隠の著作を丹念に読み込み、その霊性思想をひも解く。またキリシタンと仏教の出会い、近代における植村正久、内村鑑三らキリスト教側と清沢満之、鈴木大拙、西田幾多郎ら仏教側の霊性思想を取り上げて、幅広く対比。東西の霊性思想の共通点と相違点を浮き上がらせる。

 エックハルトと禅、法然とルター、親鸞とルター、カトリックと禅、京都学派の禅思想とキリスト教など、時空を超え原典と原典をつき合わせてなされる考察は圧巻。「東西の霊性思想」は、京都大学大学院で西田幾多郎に師事した西谷啓治氏から宗教学を、武藤一雄氏からキリスト教学を学んだ著者が学生時代から追及してきたテーマ。本書にはその真骨頂たる成果が注ぎ出されている。

 キリスト教と仏教には相互理解が可能となる場が存在する。確かに、汎神論的な傾向をもつ仏教と徹底的に人格主義を貫くキリスト教との間には大きな差異があるが、人間が人間として有する宗教的な機能である霊性に着目すると通底するものが見出される。また相違点があるからこそ学び合うことができ、関係を一段と深めることが可能となる。

 西田幾多郎も最晩年の『自覚について』でキリスト教と仏教が相互に学ぶべきものがあると示唆したが、著者はさらに一歩進んで、両者の対話的な交流によって、現代社会の時代精神を克服することができるのではないかと述べる。そこには、信仰の深化と普遍化に至る希望が込められていると。

 付論「東西の妙好人」では、鈴木大拙が賞賛した浄土真宗信徒、浅原才市の言葉のほか、キリスト教から八木重吉、水野源三、河野進の詩が紹介され、余韻を残す。心にしみわたる言の葉は、理論を超えて、それに勝る霊性の発露を認めさせるもの。同時に、霊をもった「人」であることの喜びを教えてくれる。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【ヨベル】978-4909871534

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