【書評】 『ネルソン・マンデラ ――分断を超える現実主義者』 堀内隆行

 アパルトヘイト撤廃に尽力し、ノーベル平和賞を受賞したネルソン・マンデラの名前と顔は広く知られているが、より詳しく知ろうと手にできる書籍は、「偉人伝」か、ことさら弱点を取り上げたものが多い。本書はマンデラを「聖人」と見なすことも、人間的側面にばかり光を当てることもせず、副題にあるとおり「分断を超える現実主義者(リアリスト)」として描く。

 彼を語る上で欠かせないのは、イギリス人を中心とするキリスト教宣教師の影響。教派は多岐にわたるが、いずれも博愛主義、人道主義を掲げていた。青年期にはミッションスクールで本格的に教育を受けた。しかし、政治活動に伴い共産主義者になっていった。

 「少年時代[の自分]を強化したキリスト教の信仰を棄てる際には、心の痛みを経験した。キリストを3度否認した聖ペテロの物語のように。だが、残酷さや戦争との闘いにおける真の聖人は必ずしも、聖書を習得し聖職者の服を身に付けた者でなくてもよかった」(獄中での手記=Sampson,Mandela,1999.=より。翻訳は著者)

 マンデラは90年代には「信仰を棄てたことは決してなかった」と正反対のことを述べているが、当時の政治情勢に対する配慮であったと考えられ、27年間の獄中生活を共産主義者として「非転向」を貫いた彼を、厳密な意味でクリスチャンと見なすことは難しいだろうと著者はいう。

 一般にマンデラは「非暴力主義という武器」で闘ったというイメージがあるが、その発言からはそれが「戦術」であったことがうかがえる。不服従運動を始めたのは、それが国内および国際社会を味方につけ、はるかに強大な敵に立ち向かうための「現実的な道」だったからであり、決して暴力を否定してはいなかった。

 こうした「戦術」によって海外からの支持を得たマンデラは、獄中にありながらもさまざまな人物との面会が許されるようになり、2人の南アフリカ大統領との面会が実現する。刑務所内で受刑者だけでなく、看守にも感化を与えることに成功した。

 1990年2月、釈放されたマンデラは市庁舎前に集まった数千人もの支持者と報道陣を前に演説を行い、白人との対話路線をめぐるアフリカ人の懸念について釈明したが、翌日には「白人側の恐怖感」を払しょくする記者会見を行った。総選挙への参加を拒む白人右翼に対しても対話路線をとり懐柔を進めて、94年、白人右翼も参加する総選挙を経てマンデラ政権が発足する。

 99年、大統領を一期で退き、2010年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会でスタジアムをゴルフカーで1周したのを最後に、公式の場には現れなくなった。13年、95歳で死去。追悼式には世界中から要人が訪れ、弔問外交が繰り広げられた。

 マンデラを称える理由として、27年間も獄につながれながらも諦めなかったことを強調する向きが多いものの、当時の活動家たちの中でマンデラの苦難が特別だったわけではない。著者によれば、彼の「偉大さ」はむしろ、こうした苦難にもかかわらず最後は勝利を得たところにあるという。そしてその勝因は、柔軟なプラグマティズム(実際主義)によるものだったと。何でも役立て目的を達成しようとする、したたかでしなやかな政治スタンスが、アパルトヘイトを撤廃し、人種間の和解を実現したのである。

 あらゆる局面で「分断」の広がる昨今。自分の意見を明確に発しつつ、しかし同時に他者の意見に自らを開いていくことによって、亀裂に橋がかけられるのだろう。偏狭なナショナリズムが跋扈する世界で、老獪な「聖人」の生き様から学ぶべきことは多い。

【880円(本体800円+税)】
【岩波書店】978-4004318880

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