【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『近代日本の偽史言説 歴史語りのインテレクチュアル・ヒストリー』 小澤 実 編

 「チンギスハンは源義経」「イエス・キリストは日本で死んだ」など、誰もが一度は耳にしたことがある奇妙な言説の数々。そんな言説を第一線で活躍する研究者が論じる公開シンポジウム「近代日本の偽史言説 その生成・機能・受容」が2015年、立教大学で開催され話題となった。本書はそこでの8人の報告に3人の論稿を新たに加え、全11章で構成。偽史のもつアクチュアリティを念頭に置きつつ、近代日本で生成し、機能し、受容された言説を学問的手続きにしたがって考察する。

 はじめに、編者の小澤実氏が偽史言説の歴史を概観し、アカデミックの世界からは等閑視されてきたこのような言説を「オルタナティブ」な歴史言説として読み直す必要性とその射程を示す。第三章では永岡崇氏が、竹内巨麿を教祖とする天津教の「竹内文献」を通して、宗教書と偽史との違いを論考。第五章では小谷部全一郎の『成吉思汗は義経なり』を、石川巧氏が時代背景と合わせて考察する。小谷部の主張は当初厳しい批判にさらされたが、1932年、国粋主義者たちが支持を表明してから広まった。この年、満州国が建てられ、日本が盟主となって東アジアを解放することの正当性が求められていた。その流れに見事に接続する「ジンギスカン=源義経」説は非常に好都合だったため拡散され、人口に膾炙した。

 第六章では、高尾千津子氏が「シオン議定書」とユダヤ陰謀説を検討する。「シオン議定書」は、ユダヤ人がキリスト教世界を転覆させる世界征服の陰謀を企んでいる「証拠」として、20世紀初頭にロシア帝国の秘密警察によって偽造されたもの。ヒトラーをはじめ、世界中でユダヤ人迫害の根拠として使われたが、日本にも上陸して影響を及ぼした。第七章では山本伸一氏が、日猶同祖論者の酒井勝軍とその系譜をたどる。日猶同祖論とは日本人とユダヤ人が同じ民族だと主張する言説だが、酒井はそこに皇国史観を連結させ、「天皇=メシア」という独自の解釈に至った。山本氏は、「オカルト趣味の好事家に消費されている限りでは、この種の夢想は無害なものかもしれないが、偽史がそれを助長する言説で補われたときに生まれるのは、宗教的な確信を装った排他的で自己完結的な論理である」としている。

 第八章では津城寛文氏が広い視野で同祖論を俯瞰。日猶同祖論に先立つ英猶同祖論からは、アメリカの市民宗教やシオニズムが生まれた。日猶同祖論の「原典」は、来日したスコットランド人マクレオドの『古代日本の縮図』(邦訳なし)で、マクレオドは日本とユダヤの類似を細かく挙げて論証しているが、旧約聖書学者アレン・ガドビーはこれを「民族学の大失敗」とまとめている。

 第一〇章では前島礼子氏が、「日本人=バビロン起源説」とバビロン学会を取り上げる。バビロン学会は現在のオリエント学会の前身で、三笠宮崇仁殿下(1915~2016年)が初代会長を務めていた。第一一章では「失われた大陸」アトランティスとムーを庄子大亮氏が論じる。アトランティスは古代ギリシアの哲学者プラトンの著作に記された大陸。ムー大陸は、英軍大佐を自称したアメリカの作家ジェームズ・チャーチワードが主張した。20世紀末の超古代文明ブームでグラハム・ハンコックの『神々の指紋』が耳目を集めたが、とりわけ日本で評判になり版を重ねた。庄子氏は「太古にロマンを感じたい心性が日本社会に潜在しているがゆえでもあるだろう」と分析する。

 こういった偽史言説はオカルトめいたサブカルチャーとして、主に娯楽として消費されてきた。しかし津城氏は、陰謀論や終末論が増殖し、現実社会に「奇妙な予測できないやり方で」影響を与えてくることがあると指摘。その底流となる偽史言説を軽視できないと、危険性を示唆する。2021年は、「選挙が盗まれた」と信じるトランプ大統領(当時)支持者によって米国議会が占拠されるという衝撃的な事件で幕を開け、コロナ禍の反ワクチン運動など、陰謀論が世界を駆けめぐった1年だった。陰謀論やオカルトめいた言説にリアリティを感じる人々の陶酔は、理性的なコミュニケーションによって醒ますことが難しいが、本書はそれらがロマンでも娯楽でもないことを明らかにし、「信じたい話」に傾きやすい我々の情報リテラシーを高めてくれる。

【4,180円(本体3,800円+税)】
【勉誠出版】978-4585221920

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