【書評】 『キリスト教とシャーマニズム』 崔 吉城

 クリスチャンの数が人口の3割を超えると言われ、アジア有数の「キリスト教大国」となった韓国。その要因がシャーマニズムにあるとする説は以前から主張されてきたが、本書はそれを追認し、具体例を挙げて論証する。日本に留学し、文学博士の学位を取得した著者は、長年シャーマニズムを研究してきたクリスチャンの社会人類学者。

 李朝時代に八賤という8種類の賤民階級があり、韓国のシャーマン巫堂(ムーダン)はその一つで、被差別集団だった。巫堂は世襲によりシャーマニズムの儀礼や舞踏などを受け継いできた。また朝鮮半島南部には司祭(priest)の機能を持つタンゴルが存在する。被差別集団であるため、1960年代までは身分を明かすことがタブーとされてきたが、70年代になると民族主義が高まり、巫俗は伝統的な固有文化と考えられるようになった。最近では、巫堂が「先生」と呼ばれ、子どもたちも「巫堂になりたい」と言うまでに。

 著者によれば、シャーマニズムとキリスト教との間には多くの類似点が存在する。神託であるコンス(口寄せ)はペンテコステの異言と似ており、霊魂不滅説も共通している。「通声祈祷」(声を出して自由に祈る。その際、異言を語る信徒もいる)「聖霊臨在」「治病」「按手治療」「接神」など、韓国の聖霊運動はシャーマニズムから影響を受けており、キリスト教会で行われる集会はシャーマニズムと区別できないほどよく似ているという。

 キリスト教を土着宗教に昇華させるため努力したアメリカ人宣教師ジェームズ・スカスゲールは、韓国民族は感動しやすく、キリスト教は韓国の風土に合っている、韓国にはもともとキリスト教を受け入れる素地があったと述べている。著者も自身の研究を踏まえ、シャーマニズムがあったからこそキリスト教が盛んになったという結論に至った。

 一方で、韓国社会には儒教的な考え方も根強い。儒教の祖先崇拝・偶像崇拝とキリスト教との葛藤が大きかったため、カトリックの尹持忠や李承薫らが殉教することとなった。しかし1939年、ローマ教皇は教書を通して、儒教の祖先崇拝はあくまで市民儀礼であり、宗教的儀礼ではないと宣言し、問題が「解消」された。プロテスタント(改新教)は今も祖先崇拝問題に直面している。現在、カトリック、メソジストなどは祖先崇拝を市民儀礼として寛大に受け入れ、長老教会も多少はこれに賛成する立場をとっているが、ほとんどの改新教は否定しているのが現状だ。

 著者は「知性的神学を前面に出し布教に失敗した日本のプロテスタントと異なり、韓国教会ではシャーマニズムとキリスト教が共存混在し、主に宗教的熱狂主義を根元とする心霊復興会によって大きく成長した」(『韓国教会聖霊運動の現象と構造』クリスチャン=アカデミー編)を引用し、「韓国のプロテスタントはキリスト教が一般的に忌避するシャーマニズムの神秘主義を取り入れ、これが韓国の風土と合致し、教会の急成長をもたらした」と分析する。

 最近は韓国でもキリスト教の勢いが往時ほどではないと言われるが、日本はどうだろうか。隣国の歩みと日本への指摘をヒントに、考えるべき課題は多い。

【880円(本体800円+税)】
【筑摩書房】978-4480074263

書籍一覧ページへ

TO TOP