【書評】 『アンゲラ・メルケル――東ドイツの物理学者がヨーロッパの母になるまで』 マリオン ヴァン・ランテルゲム 著、清水珠代 訳

 今月8日、惜しまれつつ政界を去ったドイツの前首相アンゲラ・メルケル。東西冷戦下の東ドイツで物理学者としてキャリアをスタートし、ベルリンの壁崩壊後政治家に転身してドイツ政界のトップに上りつめた彼女の半生を、フランス人ジャーナリストがさまざまな関係者へのインタビューとエピソードと共に軽快に浮かび上がらせる。

 アンゲラ・メルケルは1954年、ドイツ北部のハンブルクで生まれ、牧師であった父の赴任によって生後まもなく東ドイツに移住した。当時ドイツは東西に分裂し、西側は大西洋圏と民主主義、東側はソヴィエト圏と全体主義の世界だった。西ドイツに脱出する人々の流れに逆らうように、一家は東ドイツの小さな村に向かい、アンゲラはそこで青年期までを過ごす。

 東ドイツでは外交的事情でプロテスタントが容認されていたが、常に疑いの目を向けられ、アンゲラの母は牧師の妻というだけで教師の職に就けなかった。プロテスタント教会が監視されつつ保護されるという微妙な地位であることを悟ったアンゲラは、親の職業を聞かれた時、牧師《Pfarrer》のpを少し弱めに発音することで、「父は運転手《Fahrer》です」と答えて切り抜けることを覚えた。

 著者は、アンゲラの「人格を決定づけた要素は、東ドイツで過ごした人生の前半と牧師だった父から受けた知的、精神的影響である」としている。後年、アンゲラ自身もこう述べている。

 「神がいるという希望があれば謙虚でいられます。謙虚とは、いつも自分が世界の中心であるかのように思わず、他者を受け容れ欠点や過ちを自覚することです。『隣人を自分のように愛しなさい』、私はこの考え方を素晴らしいと思います。政治では隣人愛は、他者のことを考慮すべきであるという考え方を裏打ちします。信仰によって私は自分自身と他者に対してより寛大になりましたし、重い責務に押しつぶされずにすんでいます。私が無神論者だったら、これだけの責任を負うことははるかに困難に思われたでしょう」

 1977年、アンゲラは大学の友人ウルリヒ・メルケルと最初の結婚をした。4年後2人は離婚するが、現在に至るまでアンゲラは、「メルケル」という苗字を名乗っている。優秀な成績で学位を取得し、東ドイツで物理学者となったアンゲラだったが、1989年、ベルリンの壁崩壊で人生が一変した。政治を志して科学アカデミーを辞職し、ベルリンに行ってCDU(キリスト教民主同盟)に入党。1990年、初当選した。実績を築いて地歩を固め、1999年、ヤミ献金スキャンダルで国民から糾弾されていたヘルムート・コール首相に引導を渡した。さらに政界の権力闘争を勝ち上がり、2005年、首相に就任した。

 彼女には首相になる前から脇を固めた2人の腹心の部下がいた。2人とも西ドイツ出身のカトリックの女性だった。有能な彼女たちのことをいまいましく思ったCDUの男性たちは「ガールズ・キャンプ」(「ガールスカウトの3人組」という意味)と揶揄したが、当のアンゲラは「面白い発想の言葉ですね」といなした。

 政権を握った2005年から2021年までの16年間は危機の連続だった。ウクライナ紛争、イスラム過激派テロ、難民問題、ブレグジット……。2015年、難民の受け入れを決断したアンゲラは、「私たちはやり遂げます」と演説し、ヨーロッパの名誉を救ったが、政治的代価は高くついた。難民による事件があるたび非難され、ポピュリストが台頭した。

 2020年12月コロナ禍においては、感染対策のため国民生活を制限しなければならないことを連邦議会で陳謝した。「心の底から、まことに申し訳なく思います。しかし、私たちが払う代償が、一日590人の命だとすれば、私には受け入れられません」と、涙をこらえた表情で述べ、国民に理解を呼びかけた。自由と権利と人間的生活という三つの要素は、独裁政権のもとで暮らし、キリスト教教育を受けた彼女がもっとも大切に思うものだったが、その権利を奪うことを彼女自身がしなければならなかった。しかし、それを心から謝罪できる政治家がどれくらいいるだろうかと著者は問う。

 2021年は、ドナルド・トランプとアンゲラ・メルケルという、西側諸国の中で最も相容れない2人の指導者が政権を離れた。アンゲラは強固なアンチ・トランプだったが、世界にはトランプ主義とメルケル主義という二つの政治的モデルが残された。次はどんな風が吹くのだろうか。風を読むだけでなく、政治はどうあるべきなのか、本来の姿を見つめ直したい。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【東京書籍】978-4487814695

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