【書評】 『図説 旧約聖書の考古学』 杉本智俊

 豊富な美しい図版で知られる河出書房新社「図説」シリーズから、『図説 旧約聖書の考古学』『図説 新約聖書の考古学』が刊行された。著者は40年にわたりイスラエルおよびパレスチナで発掘調査を行い、慶応義塾大学で教鞭をとる杉本智俊氏。新生キリスト教会連合町田中央教会の主任牧師も務める。

 聖書の歴史は「救済史」と呼ばれ、世界の文明と社会に大きな影響を与えてきた。しかし、この物語と考古学的研究が示す史実とは必ずしも一致しない。聖書と異なる考古学的発見に戸惑うキリスト者もいるが、著者は本書の執筆意図をこう語る。「この歴史物語は単なる空想や後の人びとの作り話だと考える人もいるであろうし、一字一句そのままおこった史実であると考える人もいるであろう。しかし、実はその間でなんとなくもやもやしながら、本当のところは何が起こったのか、それらはなぜ伝えられてきたのか、と考える人たちも少なくないであろう。本書は、そうした方々に考古学的研究を通して現在何があきらかになり、何が議論されているのかを紹介しようとするものである」(「はじめに」)

 まずノアの箱舟を取り上げ、聖書とメソポタミアの洪水伝説との相違点を表にして示し、考古学の方法論がどのように発展してきたのかを解説。現在は、プロセス考古学の厳密な資料分析を基礎としつつ、そこに文化を勘案した視点をあわせもつ聖書考古学が志向されているという。

 ダビデによるイスラエル統一王国の建設は1980年代まで疑いなく信じられてきたが、90年代に一部の学者が、聖書以外にダビデに対する言及がないことなどから、ダビデの実在を否定する主張を始めた。しかし93年、イスラエル北部のダン遺跡から「ダビデの家」と記された碑文が発見されたことで下火になった。本書にはその碑文のカラー写真も掲載されている。

 南北分裂時代と周辺諸国の考古学的評価も興味深い。北王国の滅亡に関しては、「失われたイスラエルの10部族が日本にまで来た」という説にも触れられている。「聖書は北イスラエルの10部族は失われることなく、南王国ユダに逃げ込み生きのびたという立場を取っている。事実、この地の住民のすべてが捕囚に連れ去られたのではなく、多くの者が南で難民となりエルサレムの人口が急増したことが知られている。また、その後も南の2部族以外の系図も維持されていた。むしろ王国が分裂していた時代が異常で、イスラエルの12部族はこの時点で本来の形に再統一されたと見ることもできる(エゼキエル書37章15~22節、歴代誌下30〜31章参照)」

 旧約聖書の中でハイライトとなるのがバビロン捕囚からの帰還だろう。エルサレムが陥落して国が滅びたのが紀元前586年、 捕囚から戻ってきた民が第二神殿を建て直したのがちょうど70年後の紀元前516年だった。エレミヤの預言どおり70年で帰還できたことにイスラエルの人々は驚き、改めて神の言葉と約束を信じるようになった。ここから聖書を編纂し、信仰共同体を築こうという機運が生まれる。神は救いの歴史をどこに導こうとしているのか、「神の国」とは一体どんなものかを模索するようになり、ユダヤ教やキリスト教の成立へとつながっていった。

 『図説 新約聖書の考古学』ではその続きの物語をたどり、ヘレニズム・ローマ文化との衝突を描き出す。著者を団長とする慶応義塾大学西アジア考古学調査団がベイティン(ベテル)を調査し、「ヤコブの石」記念教会と同定した教会堂遺跡は聖書にまつわる伝承を裏づけた。

 考古学によって時に予想とは違う史実が明らかになることもあるが、聖書は単なる思索の産物ではなく、現実の出来事に基づいたものであることを証明してきた。本書は、人類が歩んだ壮大なドラマ、神の「救済史」が展開する聖書の背景にどんなリアリティがあったのかを紹介し、新発見によって色あせない魅力があることに気づかせてくれる。

【2,310円(本体2,100円+税)】
【河出書房新社】978-4309763064

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