【雑誌紹介】 都市宣教の対象となったのは 『福音と世界』1月号

 特集「インフラの解放」。

 「街路を教会とする――『インフラとしての教会』をめぐる解放の神学」(有住航=日本基督教団下落合教会牧師)。

 「日本において他の宗教よりずっと後発だったキリスト教は、農村よりも都市に基盤をもつ『都市的な宗教』というイメージがつよい。じっさい一九世紀以降の急激な『都市化』のプロセスと歩調を合わせるようにして、日本のプロテスタント教会は都市を主要な『宣教地』と定めて集中的に宣教的リソースを投入していった」

 「しかし、日本のプロテスタント宣教のかなりはやい時期から、都市教会の形成と時を同じくして、農村への伝道が積極的におこなわれていた」

 「農村伝道が進展したこの時代は自由民権運動が活発だった時代とぴったり重なっており、農村教会は農村に飛び火した自由民権運動の受け皿として機能した。近代化と自由民権運動の波に乗るかたちで各地に建てられていった農村教会はプロテスタント宣教の拠点であると同時に、農村の近代化のためのインフラの一部でもあったのだ」

 「宣教はふたたび都市へ向かう。しかし、都市宣教の対象となったのは農村からやってきた労働者ではなく、インテリ・中産階層だった。中産階層への宣教的偏重性は、たとえば当時のプロテスタント神学者・植村正久の言葉にもはっきりと見てとれる。植村は社会問題にとりくむことはキリスト教の主たる使命ではないと言い切った」

 「このような植村的な宣教論とするどく対立し、別様の宣教を模索した一人に賀川豊彦がいた。……賀川は一九二一年に神戸の川崎造船所・三菱造船所における大規模な争議につらなり、激しい弾圧の末に逮捕される。その後、路線対立をめぐって労働運動から撤退した賀川は都市から農村へとその関心を転じ、一九二二年に杉山元次郎と共に『日本農民組合』を結成する。各地の小作農民を組合化し、小作料の減免や小作権の主張を全国規模で展開したこの運動は、日本における農民運動の嚆矢とされる画期的なものだった」

 「しかし、歴史はくりかえす。農民運動のリーダーシップを担った賀川らキリスト者グループは、次第に『農村伝道』の色合いを強め、農民組合を伝道の手段として利用するようになった。……賀川らの農村運動もまた、かつての農村伝道と同じように、農村の『教化』と『啓蒙』を目的とする植民地主義的な宣教から脱することができなかった」

 「けっきょく、日本のプロテスタント教会は、農村で困窮する農民たちと出会い損ね、都市の作業現場で呻吟する労働者たちとも出会い損ねていった」

【660円(本体600円+税)】
【新教出版社】

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