【書評】 『どろどろの聖書』 清涼院流水

 人気作家・清涼院流水による聖書の入門書が出版された。聖書が世界一の頒布数を誇るキリスト教の聖典でありながら、「どろどろの愛憎劇」が描かれている点に着目し、読みやすい文章で人間ドラマを綴り、ストーリーの中に引き込む。

 「ふだん本を読むのは苦手だけれど、週刊誌で有名人のゴシップを読むのはぜんぜん苦痛ではない、という方は多いでしょう。ショッキングな見出しの並んだ週刊誌の記事を読むような感覚でどろどろの愛憎劇を楽しんでいるうちに、いつの間にか聖書の全体像を把握でき、聖書にちょっとくわしくなってしまう本書は、そんな趣向の本です」(「まえがき」)

 教養として聖書を知りたいと思っても、分厚い本を読み通すのは容易ではない。カトリック司祭の来住英俊氏も、「広く多くのエピソードをストーリーとして知ることが肝要」であると推薦の言葉を寄せている。

 簡潔な言葉による的確な心理描写は作家ならでは。「アムノンがタマルにした仕打ちをアブシャロムから報告されたダビデは、『アムノンの愚か者め! あやつは、なんということをしでかしたのだ!』と、アブシャロムの前では怒って見せたものの、大きな愛情を注いで甘やかしてきたアムノンを直接叱責することはありませんでした。そんな父の欺瞞を見透かすかのようにアブシャロムの目は冷たく、彼は重大な決意を秘め、傷ついた妹を慰めながら、辛抱強く復讐の機会を窺い続けることになります」(「ダビデとソロモン時代の愛憎劇」)

 人物相関図や地図を添えて、教養としてのニーズに応える工夫も。また、聖書全体を俯瞰して、時間軸を超えた結びつきを示す。たとえば、ルツとボアズが結婚したベツレヘムで、彼らの曽孫ダビデの子孫であるイエス・キリストが誕生することになるという流れだが、旧約と新約のつながりが見えると、聖書を読む面白味が増す。マカバイ記、ユディト記など、プロテスタントでは読まない、カトリックの第二正典(旧約聖書続編)の内容も描かれており、絵画を鑑賞する際に役立つ。

 著者は正月の「福男選び」で知られる兵庫県・西宮神社の宮司の家系で、毎年伊勢神宮に参拝するほど「神道信仰100パーセント」だったが、3年前に聖書と出会ってカトリック高輪教会に通い始め、2020年7月にクリスチャンとなったという。本書は、紙の本としては80作の節目であり、作家デビュー25周年の記念作品。

 「今後の清涼院流水は、カトリック作家として、どのような道を歩むことになるのか。目の前の風景は、今はまだ未来を隠す神秘の霧に覆われています。それでも、水の流れが決して逆行することのないように、生きている限り、このカトリック信仰の道を歩きながら、いつか力尽きるその時まで、自分にできるベストの表現を模索し続けたい、と願っています」(「あとがき」)

 留まることを知らぬ川の流れのような旺盛な創作意欲と、そこに加わった神への思い。今後の作品にも注目したい。

【869円(本体790円+税)】
【朝日新聞出版】978-4022951489

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