【書評】 『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』 橋迫瑞穂

 一時の勢いは衰えたかに見える「スピリチュアルブーム」だが、現代社会を取り巻くさまざまな事象がスピリチュアリティと接続され、関連コンテンツの売り上げは目覚ましく伸びている。スピリチュアリティとは、既存の宗教とは異なる形で、人々が特有の世界観を共有しながら聖性を希求すること。教団組織や教義をもたないのが特徴で、生成された世界観や価値観はモノや情報を媒介として広まる。スピリチュアルなモノや情報の一部がコンテンツとして金銭で売買されるため、そこに市場が誕生した。

 特に近年、女性にとって重要な出来事である妊娠・出産に関わるコンテンツが市場の一角を占め、活況を呈している。本書は「子宮系」「胎内記憶」「自然なお産」をめぐる事例から、今世紀に入って急拡大したこの潮流が何を示しているのかを考察していく。

 「子宮系」とは、女性の生殖器である子宮に神聖性や神秘性を見出すことで、自身の「女性らしさ」を獲得したり、生き方の方向性を決めたりする考えや価値観を指す。子宮をあたため、子宮の言うことを「聴く」ことで願いが叶えられるとする書籍がよく売れている。著者は関連書籍を調査し、美しさを獲得して明るく前向きな内面性を培う「女性らしさ」が過剰に肯定されていると分析する。

 「胎内記憶」は、生まれる前から子どもが持つとされる記憶で、子ども自身が「かみさま」と相談して母親を選んだ記憶や、神秘体験を語り出すというものである。2014年の映画『かみさまとのやくそく』の公開を機に広く知られるようになった。以前から教育研究家の七田眞氏が胎教と絡めて言及していたが、近年産婦人科医の池川明氏によって人気コンテンツに成長した。池川氏の著作の特徴は、ダウジングやレイキ、代替療法の一種であるレメディなど、さまざまなスピリチュアル要素が取り入れられていることだ。キリスト教や仏教、養生訓などのほかに、スピリチュアリズムの考え方も引用して、「胎内記憶」を説く。池川氏は特定の宗教を信仰しているわけではないとしながらも、「日本人のDNA」の「ありがたさ」を重んじる。

 「自然なお産」は、医学的に明確な定義はないが、おおよそ医薬品や医療にできるだけ頼らずに、女性が主体的な意識を持ってお産に向きあうことを指している。「自然なお産」を重視する言説は、1970年代から欧米を中心にニューエイジやフェミニズムと相まって盛んになった。しかし、海外では「自然なお産」が安心、安全かつ神秘的な体験とされているのとは対照的に、日本では痛みや苦しみを乗り越えて「母親らしさ」「女性らしさ」をつかみ取ることに目的が置かれている。さらに、こうした言説に裏打ちされた保守的な女性観が伝統的日本の賛美、ナショナリズムに接続されている。

 妊娠・出産のスピリチュアリティにおいては、女性の身体性に一定の価値づけがなされている一方で、フェミニズムが遠景に置かれたり、捨象されていたりする。ベストセラーとなった三砂ちづる氏の『オニババ化する女たち――女性の身体性を取り戻す』では、高齢女性のオニババ化の原因をフェミニズムであるとする。フェミニズムが広めた「産んでも産まなくてもあるがままの私を認めてほしい」という考え方が、女性を結婚や出産から遠ざけ、「身体の知恵」も奪われてしまったと主張する。また、「月経血コントロール」の重要性を説いて布ナプキンを推奨。三砂氏によれば、「女性はやっぱり相手を持って、性生活があって、子どもを産んで、ということをしていけば、ある程度の、女性としていい暮らしができる」という。

 妊娠・出産のスピリチュアルコンテンツには、現代女性とその生き方に対する否定的な評価が散見され、それは理想的な「昔の女性」像との対比で強調される。伝統的な生活を送ることで心身共に健やかに鍛えられていた「昔の女性」は、スムーズに妊娠・出産できたが、現代の女性はそうでないからさまざまな問題が起こっているのだという見解だ。しかし、これは具体的な資料に基づくものではなく、死産の割合から見るとむしろ逆である。

 著者は、このようなスピリチュアルコンテンツに惹かれる女性たちを「騙され搾取される愚かな女たち」とは捉えず、女性が妊娠・出産という選択を迫られる身体性を生きるなかで、その身体性と折り合いをつけるための一つの方法がスピリチュアルコンテンツなのだろうと推察する。価値観が細分化し、何が「正しい」ものの見方なのか容易に確信が持てない現代、これらのコンテンツを選ぶことで、産むという身体性に戦略的に向き合っているのだろうと。

 妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ市場が顕在化し、広まった背景には、女性の人生と体にまつわる葛藤があることは間違いない。スピリチュアルコンテンツに過度に傾倒して人生を破壊してしまっては本末転倒だが、スピリチュアリティ市場の高まりを頭ごなしに批判するのでなく、女性たちの置かれた立場に想像力を働かせる必要があるだろう。

【946円(本体860円+税)】
【集英社】978-4087211801

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