【書評】 『慶長遣欧使節:伊達政宗が夢見た国際外交』 佐々木徹 著

 今からおよそ410年前の1613年秋、仙台藩伊達政宗の家臣支倉常長(六右衛門)は、宣教師ルイス・ソテロらと共に出帆し、太平洋を渡った。ノビスパニア(メキシコ)に上陸すると、続いて大西洋を航海してヨーロッパへ。各地に足跡を残し、スペイン国王やローマ教皇と謁見して帰った彼らは、慶長遣欧使節として知られる。持ち帰った「慶長遣欧使節関係資料」は国宝に指定され、2013年にはユネスコ「世界の記憶」にも登録された。

 知名度が上がるにつれ、彼らに関するさまざまなトピックスが持ち上がり、雑誌やテレビで特集が組まれることも多くなった。「政宗が使節を送った目的は何か」「政宗はキリシタン?」「常長はどんな人物だったのか」「ソテロの狙いは?」「ヨーロッパに残った日本人がいた?」「帰国後の常長の処遇はどうだったのか」等々。しかし慶長遣欧使節をめぐっては、郷土愛のあまり美化されたり、ロマンと想像で語られたりして、実態とかけ離れた話も巷間で広まっている。

 本書は支倉家文書や『伊達政宗遣使録』『貞山公治家記録』、ビスカイノによる『金銀島探検報告』などの史料を駆使し、学問的手続きにしたがって実態を明らかにしようとする。著者は「慶長遣欧使節関係資料」を収蔵・展示する仙台市博物館の学芸員。同館の慶長遣欧使節出帆400年記念特別展「伊達政宗の夢――慶長遣欧使節と南蛮文化」などで主担当を務めた。

 政宗がローマ教皇に使節を派遣したのは、領内でのキリスト教布教容認と引き換えにノビスパニアとの直接貿易を認めてもらうためだったが、その奥に真の目的があったという説がある。南蛮征服説、江戸幕府転覆説、震災復興説の三つだが、著者はそれぞれの説に対して、先行研究をふまえ史料に立ち返り検討する。使節の選定に関しても、支倉家の由緒から調べ直し、現在までに判明していることを確認。そして、出帆後の使節の歩みを時系列に従って史料を明確にしながら詳細に述べていく。

 1615年1月、使節一行はスペイン国王フェリペ3世に謁見した。この際、常長は国王臨席下で洗礼式を行いたいとの懇願をし、前向きな返答を受けた。2月、フェリペ3世や王女、多くの貴顕の臨席のもとで、レルマ公を代父に常長は王立跣足派女子修道院付属教会で洗礼を受けた。ソテロは各所に働きかけ、着々と交渉を進めていたが、ローマ教皇のもとには他の宣教会から日本の迫害状況やソテロについての報告が入ってきていた。

 「幕府の禁教方針や迫害の様子のみならず、ソテロの態度の不誠実さとそれに対する不信感、貿易のみとされた使節派遣の目的、メキシコ側の貿易上の不利益、幕府の禁教方針の下で修道士(フランシスコ会の聖職者)派遣を要請している齟齬への懸念といった情報などが、次々と上申されていったのである」(「いざ西欧へ!」)

 実は、ソテロと常長は、日本との関係を見直す決定がなされた約1カ月後に、スペイン国王に謁見していたのだった。スペイン側からローマ教皇には、この使節が日本の皇帝ではなく、皇帝に従う奥州の王から遣わされたものであることや、日本での迫害の状況、使節の請願を許可すれば多大な不都合が生じることなどが呈上されていた。そうとは知らぬ使節はローマに歩みを進め、ローマに到着。11月に常長、ソテロらはサン・ピエトロ宮殿でローマ教皇パウロ5世に謁見した。教皇宛の政宗親書が朗読され、謁見は滞りなく終わったが、ひと月後にもたらされた教皇からの回答には、ソテロらを満足させる内容はなかった。

 「伊達政宗・日本のキリスト教徒・スペイン国王それぞれに宛てたローマ 教皇書翰が、いずれも十二月二十七日付けで作成された。その案文(ヴァチカン秘密文書館所蔵)によれば、伊達政宗には、使節がもたらした親書によって奥州の地まで福音が宣布されたことを知った謝意が述べられ、そのため使節を厚遇したが、貴下も神を讃えるだけでなく自ら教会の懐に入るよう促されている。つまり、理解するだけでなく実践せよと 勧奨されたのである」(同上)

 使節らは水面下の動きを知らなかったため、政宗の夢を叶えようと再びスペインに赴き執拗な外交交渉をするが、成功するはずがなかった。仕方なく帰国の途につき、フィリピンでサン・フアン・バウティスタ号も手放した。この時点で政宗の通商計画は潰えた。

 使節一行の中には、異国に残る選択をした日本人もいた。帰国後の常長の待遇と複数ある「常長の墓所」、近親者たちがキリシタン信仰を維持したかについても、著者は根拠とする史料を示して論考している。

 慶長遣欧使節の派遣には、政宗・スペイン・幕府の政治的駆け引きと、宣教師・キリシタン・キリスト教世界の思惑が錯綜し、単純な叙述は難しいが、本書は特定の主張に偏らず史料自体に語らせることで、鮮やかなイメージを読者の眼前に描き出す。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【吉川弘文館】978-4642059312

書籍一覧ページへ

TO TOP