【書評】 『地球の歩き方 ムー 異世界(パラレルワールド)の歩き方』 地球の歩き方編集室 

 長引くコロナ禍で停滞する旅行業界にあって、快進撃を続ける企業がある。世界を旅する若者のバイブルとして親しまれてきた『地球の歩き方』が、昨年初頭より「旅の図鑑」シリーズの刊行を始め、第1弾の『地球の歩き方 世界244の国と地域』から話題を集めた。エッジが利いた切り口と『地球の歩き方』ならではの情報量とで好評を博す同シリーズが、今年2月に『地球の歩き方 ムー-異世界(パラレルワールド)の歩き方』を出版。異例のヒットを記録し、アマゾンの該当カテゴリでベストセラー1位となっている。

 実は、『地球の歩き方』に代表される出版事業等を手掛けてきたダイヤモンド・ビッグ社は2021年1月1日付で学研プラスに譲渡された。集英社オンラインの記事によれば、現『地球の歩き方』の社長は、元々、学研プラスの『月刊ムー』編集者だったという。出版・旅行業界がともに逆風にあえぐなか新境地が切り拓かれた背景には、蓄積されたノウハウのスムーズな移行と両社のもつフロンティア・スピリットの融合があったのかもしれない。

 本書の巻頭を飾るのは『地球の歩き方』宮田崇編集長×『ムー』三上丈晴編集長の対談。

三上 ピラミッド建設の云々って、ヘロドトスの記述が元になっていて、20年で造ったって書いてるけど、できるか! だから大洪水以前のエノクが造った。

宮田 地球の歩き方説でピラミッドの建築年を今から4500年前だと考えても、ヘロドトスは建設から2000年も後の人です。『歴史家』といわれるけど信憑性は確かに疑わしいのかもしれませんね」

と、しょっぱなからアクセル全開。創世記のエノクがピラミッドを建設していたとは初耳だ(*聖書にそのような記述はない)。

 グラビア特集には、モアイ像の謎(モアイ像は『ムー大陸』の後継なのか!)、ギザのピラミッド(ピラミッドに残る謎の空間は、古代核戦争の軍事基地か)、ナスカの地上絵(地上絵が伝える宇宙からのメッセージとは!)、ストーンヘンジ(人智を超えたテクノロジー)、オーパーツ(アトランティスの痕跡か宇宙の使者か)、UMA(恐竜の生き残りだった!)といった熱量高めの特集が並び、読むほどに常識が無力化される。昔、夢中になった不思議ミステリーの「その後」がどうなっているのか気になって手に取るなら、「やはり『ムー』は裏切らない」との思いを強くするに違いない。

 世界的な謎を探究しつつ、日本への眼差しも熱い。世界のピラミッドの一つとして葦嶽山ピラミッド(広島県)を挙げ、コラム「ピラミッドは日本で発明され世界に広まった?」で酒井勝軍の日ユ同祖論を紹介。UMA(未知の生命体)では、比婆連峰のヒバゴン、遠野の河童、東白川村のツチノコを取り上げる。青森のキリストの墓は一般にも知られるようになってきたが、同じ青森にある釈迦の墓はまだ無名。それを写真付きで解説しているのはさすがといえよう。どちらも偽史の『竹内文書』を根拠としているが、小さなことは気にしない姿勢が潔い。

 広く世界に目を向けて、「聖地エルサレム」「『新約聖書』福音書の舞台」に続き、「聖母顕現の3大聖地」「キリスト教の聖遺物」もフィーチャーされている。使われているのは『地球の歩き方』特派員が現地に足を運び撮影した精緻な写真。コロナ禍でなかったとしても、オーストリアでロンギヌスの槍を見て、アルメニアに足を伸ばしてノアの箱舟の欠片(どちらも真偽のほどは定かではない)を見に行くのは難しいが、家から一歩も出ずにそれらを眺められる。長年、地球の隅々まで歩き尽くしてきた『地球の歩き方』のポテンシャルが惜しげもなく発揮されている。

 キリスト教のみならず、「イスラームの聖遺物と巡礼地」「ヒンドゥー4大聖地」「仏教4大聖地」も網羅され、『地球の歩き方』の他シリーズ同様、行き方も掲載。各地の古代遺跡、ヨーロッパの幽霊スポット、フリーメイソン関連スポットなども解説つきで紹介されており、情報の量ばかりか質も他の追随を許さない。そこに本書では、縄文土偶の正体が宇宙人だとか、カッパドキアの地下都市群は古代核戦争のシェルターか?といった『ムー』的な情報が加わるので、脳が少なからずバグるのだが……。

 とはいえ、キリスト教界の一部には『ムー』と同様の言説が流布しているので、教会と『ムー』的言説は無縁でもない。たとえば、酒井勝軍と同じような日ユ同祖論を唱える牧師がキリスト教メディアや著書で自説を展開している。日本にシュメール人が来た痕跡があると言ってみたり、天皇家はイスラエルの失われた10部族だと主張したりするキリスト者のグループも活動しているが、それとまったく同じ話が本書には登場する。

 そうした信念を持つキリスト者は、日本人は素晴らしい民族なのに自分たちが何者であるか「真実」を忘れてしまっており、その「覆い」が取り除けられる時、日本はリバイバルすると熱弁を振るう。リバイバルを願うあまり、同調していく者もいる。イエス・キリストの言葉は、『ムー』的言説を援用して伝えなければならないほど力がないのか。本書は、自らの主張を客観視してみる手助けになるはず。

 『ムー』には単なるエンターテインメントに留まらない、別の効用があることも指摘されている。近年、陰謀論の台頭が問題視されているが、若いうちに『ムー』で適切に奇説・珍説・オカルト的ミステリーに触れておけば、それが免疫となり、大人になってから陰謀論に触れても冷静に対処できる。オカルト的言説に免疫のない大人が特異な世界観に触れて目覚めると、こじらせて重症化するケースさえある。

 神秘やミステリーはいつの時代も人を惹きつける。だが、現実を見失わず、『ムー』的なものと適切な距離を保ちながら、ロマンの一つとして愉しむのが大人の流儀だろう。真偽不明な情報が行き交う今だからなおのこと、奇説・珍説・オカルト的ミステリーに対するリテラシーを培いつつ、異世界(パラレルワールド)への旅を愉しみたい。

【2,420円(本体2,200円+税)】
【学研プラス】978-4058017166

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