【書評】 『潜伏キリシタンを知る辞典』 安高啓明

 2018年の『踏絵を踏んだキリシタン』で潜伏期のキリシタンに対する新しい知見を提示した安高啓明氏(熊本大学准教授)の新刊『潜伏キリシタンを知る辞典』が出版された。「辞典」といっても辞書のように「引く」のではなく、細かく章立てすることによって、読者が知りたいトピックを参照しやすくした本で、最初から最後まで読み通せばキリシタン時代全体が一望できる。

 本書は大きく5章に分かれており、1章は「キリシタンの誕生と潜伏キリシタンの土壌」。

 「日本国内でキリシタンが誕生したのは、天文十八(一五四九)年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したのが端緒である。……キリスト教が伝来したことの意義には、極東日本が『世界史の舞台』に躍り出るきっかけになったことがある。しかし、その後、キリスト教の布教や信仰が禁止されるなど、世界でも稀有な状況が日本で続いていくことになる。政治と宗教とが密接に絡みながら、日本の宗教界は再編されていったのである。本章では、キリスト教がどのように伝播し、受容されていったのか、『潜伏』に至る日本キリスト教史の初期過程を取り上げていく」(1章)

 2章でキリシタン禁制への推移、いわゆる「鎖国」体制の確立までの流れをたどり、3章では幕府の禁教政策と潜伏キリシタンの露見を扱う。「禁教政策が進められていくと、日本国内でも『排キリシタン観』が浸透し、表面上はキリシタンがいない社会が形成されていった。……キリシタンたちは幕府の禁教政策に応じることで、表向き仏教徒として生活する一方、キリスト教を密かに信仰する〝潜伏キリシタン〟が誕生したのである。十八世紀 になると、彼らの存在が発覚しても、寺請制度や宗門改にも従っていたことから、幕府は処分することができず、禁教政策の形骸化を浮き彫りとすることになったのである」(3章)

 禁制下で信仰を守ったキリシタンと、禁制が解かれてからも独自の信仰形態を固守する信徒に対する呼称は、従来、「隠れキリシタン」「かくれキリシタン」「カクレキリシタン」などが入り混じった形で使用され、用語と定義が統一されていなかったが、2018年に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産登録されたことを契機に整理されつつある。本書はユネスコと同じ用語・定義を用い、禁制下で信仰を守ったキリシタンを「潜伏キリシタン」、禁制が解かれてからも独自の信仰形態を固守する信徒を「かくれキリシタン」としている。今後このような呼称がスタンダードになっていくのだろう。

 安高氏の業績の一つが踏絵に関する研究だが、本書でも詳細に解説されている。

 「(模造品の踏絵は)津々浦々に数百枚が存在していると思われるが、真正の踏絵は、長崎奉行所旧蔵品で教部省へ移管され、現在、東京国立博物館が所蔵する板踏絵と真鍮踏絵である。これに加え、自藩で踏絵を所持した熊本藩・小倉藩のもの、かつて絵踏をしていた岡山藩と会津藩の踏絵がある可能性を残すものの確認されていない。そのため、東京国立博物館所蔵の踏絵以外は、偽製であると評価せざるを得ない。なお、長崎奉行所旧蔵品の踏絵一枚は、江戸時代後期に天草沖で紛失しているため、その所在が不明となっている。これが現存している可能性はきわめて低く、発見されたとしても、錆などにより状態を保っているとは考えにくい」(4章)

 踏絵以外でも同様に「キリシタン遺物」とされて、骨董店やネットオークションで売買されたり、各地の資料館に所蔵・展示されたりしている物があるが、著者は「キリシタン信仰物は全国各地に所在しているものの、その真偽性については慎重に判断する必要がある」と述べる。

 「偽造された信心具としては、『キリシタン十字仏』というものが知られる。これは十字架の中央に仏が付けられたもので、各地の博物館で所蔵されている。そのなかでも浦上四番崩れで富山藩に預けられた『キク』の遺品として、西光寺に残されているキリシタン十字仏がある。もし、これを真正とすれば、長崎奉行所からの没収を免れたうえ、持参が認められたことになり、是とし難い。キリシタン十字仏は昭和二十(一九四五)年から二十五(一九五〇)年にかけて名古屋で製造されたもので、外国人向けの土産品として頒布されたこともわかっている。前述したキクの遺品も言い伝えのなかで創出された伝承と解されよう」(4章)

 5章では世界文化遺産の構成資産とその歴史的背景と価値が解説され、構成資産から除外された史跡(日野江城跡、田平天主堂)についても触れられている。なかでも多くのページを割き、丹念に記されているのが長崎県の黒島や大野集落の史跡だ。市街地から離れた場所にあり観光で足を運ぶには遠いが、それは潜伏キリシタンが生活の場を求めてそのような不便な所に移住したことを物語っている。著者は九州の地で研究するアドバンテージを利用して、彼らが実際に生きた場所を踏み、歩き回りながら考察したのであろう。貧しくも大切なものを奪われまいとした潜伏キリシタンへの敬意が、文面から感じられる。

 世界文化遺産登録以降、潜伏キリシタンの歴史に目を向け、何らかの目的でコミットする個人・団体が増えた。キリシタンで観光振興を図る自治体は以前からあったが、近年はキリシタン(カトリック)をプロテスタント教会が宣教に役立てようとする動きもある。その是非とは別に、人類の宝として各々のやり方で大切にしていけばいいのだろうが、なかには我田引水するために学術的に担保された歴史認識を無視した「歴史」を語るケースもある。キリシタン研究があまり進んでいなかったころの学説や郷土史家の見解を基にしているせいで、現在とは異なる昔の「キリシタン像」を提示している場合も少なくない。テクノロジーがこれだけ進化しているなかで、歴史学だけ旧態依然で良いはずはない。潜伏キリシタンに関する知識を正確に、最新式にアップデートするための一助として活用したい本である。

【13,200円(本体12,000円+税)】
【柊風舎】978-4864980890

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