【書評】 『日本におけるキリスト教保育思想の継承』 熊田凡子

 明治初期、キリスト教の女性宣教師によって近代的女子教育が開始されたことは広く知られているが、ほぼ同時期に幼児教育(保育士の養成を含む)にも着手されていたことはあまり知られていない。本書はキリスト教保育の受容と展開、女性宣教師が日本の女子教育に与えた影響、戦時下における実践などを実態史として通覧し、同時に豊富な史料で子どもたちの姿を生き生きと描き出す。

 日本におけるキリスト教主義の女子教育は、1870年に創立のキダーが設立した「キダーの学校」(現フェリス女学院)とカロザース夫妻の「A六番女学校」(現・女子学院)を嚆矢とする。翌年には、メアリー・プライン、ルイーズ・ピアソン、ジュリア・クロスビーという3人の女性宣教師によって「アメリカン・ミッション・ホーム」(現横浜共立学園)が開設された。ここでは女子教育だけでなく幼児の養育も行われたため、日本のキリスト教幼児教育はこのアメリカン・ミッション・ホームから始まったとされる。

 子どもや女性の教養を養うことが軽視されていた社会において、女性宣教師たちが行った活動の意義は大きく、女性の地位向上、生活・文化水準の向上を促した。宣教師のみならず、日本人キリスト者による幼児教育機関が、明治から大正・昭和初期にわたり各地で設立され発展した。こんにちまで残る最古のキリスト教主義幼稚園は金沢の英和幼稚園(現北陸学院幼稚園)である。

 しかし、第一次世界大戦勃発以降、様相が変わっていく。当初、幼稚園は日本の教育制度上、比較的曖昧な位置づけにあったため、ある程度自由な運営が許されていたが、次第に国家戦時体制に従うほかなくなっていった。国民学校の新制度(1941年3月)の影響を受け、国家意識の高揚につながる行事として、神社参拝・国旗掲揚・皇居遥拝などが組み込まれていく。出征軍人の見送り、慰問袋作り、旗行列などが推進された。

 「例えば、祈る場合、『エス様』を『神様』『天のお父様』のように呼びかえた。『主と共に』 を『神様と一緒』に、『主にいのる』を『祈るなり』、『主のみなをば』を『神のみなを』、『エ ス様とともに』を『仲良くいっしょに』に置き換えさせられた。終わりは『聖名(みな)によって祈り奉る』あるいは『この祈りをどうぞ神さまがお聞き下さいます様に』と結び、終わりの『アーメン』を除いて、キリスト教を現わす言葉を用いないとした」(第4章)

 著者は多くの一次史料を提示して、戦時下にどのようなキリスト教幼児教育が行われていたのかを明らかにする。教師が克明に記した「記念帖」には戦争ごっこのエピソードが書かれ、兵隊を真似た男児の写真が添付されている。それは戦争の背景がそのまま反映された子どもたちの活動だった。教師は、戦時下の社会に率直に応じる子どもの姿を否定せず、戦争という現実をありのまま再現する子どもの実態に向き合っていたことがうかがえる。

 「ただし、このような中でも、『ヘイタイサンノコトヲオモツテ オイノリシマシタネ』(兵隊さんのことを思ってお祈りしましたね)というように常に祈っていた。戦争が続き、生活や遊びの内容に影響がある状況であっても、キリスト教幼児教育を実践することができたのである。南[注:キリスト教幼稚園教師 南信子]の実践では、『ヘイタイサンノコトヲオモツテ オイノリシマシタネ』と、人のために祈ることは継続されていたのである」と著者はいう。

 だが同時に、著者は「ただし、戦争に加担する人のために祈るということはキリスト教として矛盾する点があると考えられるため、この点についての検討は課題である」とも述べる。「キリスト教」を表に出さない幼児教育においても、キリスト教的な教育が行われていたことは意味があるが、同時に矛盾を感じないではいられない、評価するとも評価しないとも言えない、そんな著者の逡巡こそ、当時、教師たちが抱いていた苦衷と重なるものだろう。

 現場の教師たちはそれぞれ悩み、キリスト教保育が大事にすべきことは何か考えていく。そして、それは形式ではなく、子どもの豊かな心を大切にすることであるという本質的な目的に立ち返る。著者は戦前から戦後に続く保育日誌の分析から、そのような考え方が戦後の新教育にまで継承されていったことを確認する。

 第二次世界大戦終結後の教育改革はGHQ/SCAP(連合国最高司令官総司令部)によって行われ、GHQ/SCAP内のCI&E(民間情報教育局)が幼児教育部門を担当した。「保育要領」作成に直接関与したのは初等教育担当官ヘレン・ヘファナン。幼児の発達・興味・創造的な経験を重んじる自由保育の立場を採っていた。彼女は、南信子らの保育を視察して「ワンダフル」と評した。それは、それまで行われてきた日本のキリスト教保育の連続した実践を、戦後に求められる民主的な教育に適うと認めたことといえるだろう。

 終章で著者は、幼児教育の黎明期の女性宣教師たちから連続してきたものは何か考察し、それは子どもという存在を高く捉える観点であるとする。「こうした観点は、幼児教育が、御言葉(聖書の言葉)にあるように『子どもたちを来させなさい。天の御国はこのような者たちのものなのです』(マタイ一九・一四)ということ、つまりキリストの御言葉を実現させてきたまなざしであると理解できる。……幼児教育とは、それゆえに価値が高く、子どもの内なる声に応える、崇高なるものであるということ、そしてキリスト教の精神が表れている保育ということであったのではなかろうか」

 日本の幼児教育を実態史として俯瞰すると、教師たちの労苦と献身、それらを通して育まれた子どもたちの笑顔が鮮やかに浮かび上がる。しかし、それをさらに大きく俯瞰するなら――。戦争は他国のみならず自国でも人々を苦しめてきたが、それでもなおすべてをみそなわしてこの国の未来を養い育てた方がいたのかもしれない、そんな気がしてくる。

【8,800円(本体8,000円+税)】
【教文館】978-4764274600

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