【書評】 『夜明けを共に待ちながら 香港への祈り』 朝岡 勝・松谷曄介・森島 豊 編

 2014年の雨傘運動、19年の逃亡犯条例改正案反対運動を経て、いまなお続く香港の混迷。むしろ20年の国家安全維持法(以下、「国安法」)制定以降、民主化運動は徹底的に弾圧され事態は悪化の一途をたどっている。

 自由だった香港の雰囲気が一変し、息苦しさは増すばかりだが、香港の人々を助ける具体的な行動を日本から起こすことは難しい。実際はどうすることもできないという無力感を覚えるしかない状況で、教派を超えた祈りの運動が起こった。香港にゆかりの深い松谷曄介氏の提案に牧師たちが応え、20年10月31日から「香港を覚える祈禱会」が始まった。

 祈禱会の呼びかけ人(五十音順)は、朝岡勝(日本同盟基督教団)、大石周平(日本キリスト教会)、大嶋重德(日本福音自由教会)、大西良嗣(日本キリスト改革派教会)、伽賀由(日本メノナイト教会)、唐澤健太(カンバーランド長老教会)、平野克己(日本キリスト教団)、星出卓也(日本長老教会)、増田将平(日本キリスト教団)、三輪地塩(日本キリスト教会)、松谷曄介(日本キリスト教団)、森島豊(日本キリスト教団)の各氏。名を連ねる牧師たちはいずれも比較的若手で、属する教派も多岐にわたる。

香港情勢を憂う牧師有志 祈りで連帯「若者に希望を」 2020年9月11日

 12人という聖書的な人数になったのは結果であって、意図的なことではなかったという。ここにメディア関係者として、髙木誠一(教文館)、松谷信司(キリスト新聞)、高橋良知(クリスチャン新聞)の各氏が陪席する形で加わった。

「香港の現状・教会の状況・香港のキリスト者たちの苦悩と不安や怖れを知れば知るほど、日本にいる私たちも悩みます。牧師も教会も心を痛めます。でも、これは大切なことです。神の家族の痛みを知り、また自身の痛みに正直に向き合うことは、平和造りに大切なことです。嘘がないように。分かったフリ・理解したフリをすると、相手への思い・平和造りへの模索はそこでストップします」(第1部 伽賀由「第五の祈り」)

「私たちが語る説教の言葉も、祈りの言葉も、あっという間に消えていくように思えるかもしれません。しかし、それは伏流水として、歴史を流れ続けます。そして、神がふさわしいとご決断なさった時に、地上に噴出します。必ず『大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人に種を与え、食べる人には糧を与え』ます。 それが、人間の内側から生まれた言葉ではなく、神が語る言葉であるからです」(第2部 平野克己「神の言葉を野に放て」)

 香港の民主化運動で思い出されるのは、2019年6月、一部のキリスト者が歌い始め、周りの者たちも一緒に歌いつづけた“Sing Hallelujah to the Lord!” (主に向かって歌え、ハレルヤと!)だろう。町を埋め尽くした100万人のデモは祈りの隊列となった。あの光景を見た者は、香港は変わると確信した。しかし――。

 強大な力によって多くの民主派団体が解散を余儀なくされ、「香港2020福音宣言」(以下、「福音宣言」)を発表した香港牧師ネットワークも21年9月に解散。だが、平野牧師はあの“Sing Hallelujah to the Lord!”は消えていないと述べる。

「けれども、あの歌は消えていません。神はそのことをお忘れにならないでしょう。人々の記憶に、必ずあの歌が留まっているはずです。誰にも歌を歌うことを止めることはできません。この日本でも、この祈禱会でも、私たちは同じ歌を歌うことができる。私たちも、この日本にあっても、同じ歌声を歌い続けることができます」(第1部 平野克己「第四の祈り」)

 松谷氏は香港を覚えて祈ることの難しさに言及する。一国二制度という枠組みの中にある香港について、どのような言葉を選んで祈るのが適切なのか。強権的な「中国ファクター」に対して湧き上がってくる「憤り」や「怒り」といった負の感情に満ちてしまうならば、それは果たして「真実な生」を生きる祈りといえるのか。それに加えて襲ってきたのは、恐れと不安。また、何度も無力感に引きずり込まれそうになったという。しかし、チェコの劇作家で大統領も務めたハヴェルを読んで、そこから新しい希望の光を見出した。

「全体主義と向き合う中で『真実の生』を生きることの意味を説くハヴェルの言葉からは、キリスト者にとっては『祈り』こそが『真実の生』を生きることだと気づかされました。……『敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい』(マタイ六・二四)と語られ、実際にそのように生きられたイエス・キリストに倣い、キリストの愛にあって祈るという、祈りの原点へ立ち返らされるような経験でもありました」

 そして、「福音宣言」を引用してこう語る。

「『福音宣言』第六項は、夜明けを待ち望みながら祈るということが、決して受動的・消極的な生き方ではなく、むしろ『神が人間に賜った尊厳と自由を擁護』することであり、また『平等・正義・愛という神の国の価値』を具体的に示していくという、極めて能動的・積極的な生き方であることを、私たちに教えてくれています。

『夜明けを待つ』、それは香港のキリスト者のみならず多くの香港人の心に刻まれているあの歌、《栄光あれ、香港》(Glory to Hong Kong)――今では『国安法』に抵触するとされ、歌うことが禁じられてしまっていますが――の一節をも思い起こさせます。

夜明けだ、取り戻せ香港/正義の時代の革命
民主と自由 永遠に/栄光あれ、香港!

(YM with friends 訳)」(第2部 松谷曄介「力なき者たちの祈り」)

 愛にあって祈り続けるならば、たとえ暗闇の夜が長く思えても、夜明けは近づいている。夜明けを共に待ちながら、祈りの歌を歌い続けよう。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【教文館】978-4764274617

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