【書評】 『独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」』 山野弘樹

 コロナ禍を受けて自宅で過ごす時間が増えたためか、「独学」のニーズが高まっているという。独学は「自ら思考する力」を培うものだが、多様な価値観と膨大な情報があふれる答えなき時代に、自分の力で探究し、前進していくのは容易ではない。本書は哲学研究の知見と方法論をもとに、「探究のための独学」のコツを提示する。著者は東京大学大学院で哲学を専攻した研究者。日本哲学会、日仏哲学会から優秀な若手研究者に贈られる賞を受賞している。

 「独学」を行う際に、知識と思考との関係が問われるが、著者によれば知識は思考を既定する側面があるという。

 「知識は、単に思考に奉仕するだけの都合の良い道具ではありません。むしろ受動的かつ隷属的な思考にとっては、知識こそが主人であると言えます。批判的な視座を失ったとき、人は『ここにこう書いてあるんだから、きっとそうなんだろう』という風に、書籍やネットに書かれている知識と同じような判断を下すようになります。

 知識が思考を支配する時代とは、責任をもって何かを吟味し、判断するということを誰 も行わなくなる時代です。そのとき、知識に規定されていることに気づかず、あたかも自分の頭で判断しているように錯覚する人々が増えてしまうことは、社会にとって致命的な 打撃を与えます。

 なぜなら、そうした思考なき思考習慣こそが、デマや陰謀論の出回る温床になるからで す。真なる支配は、被支配者に『自分が支配されている』という実感すら抱かせないのです」(プロローグ「考える」とはどういうことか?)

 本書の前半では「自ら思考する力」を習得するための土台を、後半ではいかに実践するかを解説する。実践編で挙げられているのは対話的思考というアプローチだ。

・対話的思考のステップ1―「問い」によって他者に寄り添う

・対話的思考のステップ2―「チャリタブル・リーディング」を実践する

・対話的思考のステップ3―他者に合わせた「イメージ」を用いる

 他者との対話を通して思考を深めることができるが、対話する際、相手の言ったことに対して咄嗟に「そうは思いません」「それは違うと思う」と言ってしまうと、否定の感情を伝えることになり、悪くすると相手の面子を公衆の面前でつぶしてしまうことにさえなりかねない。最初は相手の意見に同意できなかったとしても、聞いているうちにこちらの意見が修正されることもあり得るし、相手の意見を参考にすることで自らの論理の抜け漏れをなくすこともできる。「相手が『一面の真理』をついている」と仮定し、違和感を覚えた時には疑問文で聞くというのが「ステップ1」。例えば、「それはどのような事態を想定しているのですか?」など事例の具体性を尋ねれば、より抜け漏れのない議論に高めることができる。

 「ステップ2」の「チャリタブル・リーディング」とは、アイデアや代案を提示することで、相手の主張を補助するよう働きかける手法。ここでの「チャリティー」(施し)は、上から下へ「授ける」ものでなく、対話の両者が互いに「補助」し合い、「相手の論をブラッシュアップする可能性」を提供する(施す)こと。「チャリタブル・リーディング」が必ずしも「対話の万能薬」であるとまでは言えないとしても、それでも、「倫理的に配慮がなされ、論理的にも筋道の通った対話や議論の場を創り上げていく際に、チャリタブル・リーディングが有効な手法の一つであることは間違いない」と著者は語る。

 「ステップ3」の「他者に合わせた『イメージ』を用いる」方法としては、メタファー(比喩)、アナロジー(類比、類推)が挙げられている。これらを共感の手段とすることで、他者との隔たりを乗り越えることができる。

 「『社会的弱者』として追い込まれてしまっている他者への想像力というものは、いつでも 『一歩遅いもの』です。私たちが彼女ら、彼らの苦悩を理解したとき、往々にしてその人たちはとっくに疲弊しきってしまっています。……

 他者を追い詰めるような状況を理解するために、『自分であれば、それはどういう状況に相当するのか?』ということを考える。それが他者に共感するためにアナロジーを用いるということに他なりません。他者に対して共感を示すということは、隔たりのある他者たちと対話をする際に最も重要な条件の一つです。共感なき対話は、常に暴力と抑圧を含みます。なぜなら、苦しんでいる他者に対して『私はそうは感じません』という言葉を直接ぶつけてしまうことは、傷ついている他者をさらに追い詰める行為に他ならないからです。……

 だからこそ私は、多くの人たちが集まる対話の場面において、共通のアナロジーを考え出していくことが大事だと思っています。どのようなアナロジーが、他者へ共感するきっかけを生み出してくれるのか。いかなるアナロジー使用が、かえって他者への想像力の翼をへし折ってしまうことに繋がるのか。そうした 問題を複数の人たちと、継続的に対話していく文化的土壌を形成していくことこそが重要なのだと私は思います。他者に共感する感性や他者に対する想像力を、私たちは決して手放してはいけないのです」(以上、第八章 他者に合わせた「イメージ」を用いる)

 「哲学」と聞くと、小難しい論理をこねくり回しているイメージが浮かぶ人もいるだろうが、何かを考える営みこそが人間らしさだということができる。また、人間は社会的な動物で、社会で他者と信頼関係を築き、互いにさまざまなアイデアを提示し合うことで、自分一人では到底考えつかなかったようなコト・モノを共同で創出していくことができる。若き俊英が提案する、古くて新しい「哲学」の手法は、もっと多くの人たちに、とりわけ現代に、知られる価値のある「知の技法」といえそうだ。

【990円(本体900円+税)】
【講談社】978-4065277522

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