【雑誌紹介】 理解を超えた神を見つめて 『BIBLE&LIFE 百万人の福音』 11月号

 特集「この不幸は何の『因果』でしょうか?」。

 「『不幸の原因は先祖の因縁に理由がある』『教えに従わないと将来の祝福はない』そう不安をあおり、多額の献金を強要してきた某新興宗教。その信者の子どもが引き起こした大事件は、社会に衝撃を与えた。しかし、何か『不幸』が起こるとき、自分の行いや自分の関係するところに原因を探そうとする傾向は実は、誰にでもあるのではないだろうか」と編集者が冒頭で問いかける。

 精神科医の芳賀真理子(駒沢えぜる診療所所長)が、「なぜ人は『因果応報』だと思ってしまうのか」と題して分析している。

 「私たちは不確実な状況において、予測できないことが起こったり、理解できないことに出合ったとき、そのままにしておくことがとても困難です。そのような状態に置かれることに対し、不安や恐怖だけでなく、怒りすら覚えるものです。こうした情動の存在が、私たちの因果性追求思考を促進するのだと思われます。……そこにつけ込んだ悪質な商売や誘惑に、どうやって立ち向かえばよいのでしょうか」

 「こうは言えないでしょうか。私たちが感知しうる範囲内での完璧さ、明晰で合理的な理論に安心感や性急な納得を得ようとするのではなく、正誤善悪、幸不幸も含めた全体性のうちに生きることの意味を見いだそうとする姿勢が、因果性へのとらわれからの解放につながる可能性がある、と」

 「また、因果応報の理論により未来をコントロールしようとするのではなく、アブラハムのように主にあって未来全体を放棄する、理解できないものは無理に理解しようとせず、「主の山に備えあり」として、今を生きる勇気をもてばいい、と」

 「そして、いき過ぎた因果性の追求や二者択一への傾倒による思考停止から脱却するために、周囲の意見や情報をできるだけ偏見なく聞き分けられる、開かれた心でありたいものです」

 中村穣(飯能の山キリスト教会牧師)は「聖書の中にある『因果応報』?」の中で、教会がカルト化しない方法を次のように提示する。

 「私たちキリスト教会も気をつけないといけないのは、自分を豊かにしてくれて、祈りを聞いてくれて、答えをくれる神様だけを求めることは、超越された神様を見失う落とし穴があるということです。私たちはいつも啓示における、全能なる、理解を超える神様を見つめる必要があります」

 「カルト化しない方法は、人間的視点から出てくる解釈や因果応報で物事を判断しないことです。ある意味、そこには答えがないのです。『犯罪を犯した』『嘘をついた』『国民をだまし続けた』としても、命が奪われて当然とは言えないはずです。なぜなら、人のいのちこそ、超越した神様から頂いているものだからです。そのような見方ができないと、私たちはその人のしてきたことでその人の価値を判断してしまいます。そこからは、いのちの大切さを訴える平和は生まれません」

【618円(本体562円+税)】
【いのちのことば社】

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