【書評】 『キリスト教美術史 東方正教会とカトリックの二大潮流』 瀧口美香

 キリスト教美術というと、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品群が思い浮かぶ。しかし、これらは西ヨーロッパを中心としたラテン・カトリック文化圏のキリスト教美術だ。宗教改革によってカトリック教会からプロテスタントが分かれるより前に、カトリックもまた、あるところから枝分かれして生まれたものだということはあまり言及されることがない。

 そもそもキリスト教美術は、キリスト教の信仰が生まれ、ローマ帝国の中で広がっていく過程で、自らの信仰を表すために図像が用いられるようになったことに端を発する(初期キリスト教美術)。やがて帝国は東西に分裂(395年)し、西ローマ帝国と東ローマ帝国(ビザンティン帝国)が誕生した。この時代から東ローマ帝国滅亡(1453年)に至るまでの美術を、「ビザンティン美術」と呼ぶ。西ローマ帝国は早々に滅びてしまった(476年)ため、東側のビザンティン帝国こそが長くキリスト教美術の中心地だったのだ。

 本書は、キリスト教美術の潮流は一つだけではないという視点から、キリスト教美術の原点に立ち返り、どのような経緯で複数の大きな潮流が形成されていったのかを示す。そして、同じ聖書の出来事がどのように異なる手法で表現されていったのかをたどる。

 「西ヨーロッパのキリスト教美術では、ルネサンス以降特に、見る人の感情を強く揺さぶる作品を生み出すべく、画家が独創性を発揮するようになります。見ている者があたかもその場に立って奇跡のできごとを目の当たりにしているかのような感覚(臨場感)を作り出すためには、人物や風景をできるだけリアルに描く必要があります。場面をリアルに描き出すために、正確な線遠近法が用いられました。線遠近法とは近くにあるものを大きく描き、遠ざかっていくに従って小さくなるように描くことで、実際に見えている対象や空間を忠実に再現するやり方です」

 「一方、ビザンティン美術はあくまで教会と教義に仕える美術ですから、そこに画家個人が解釈を加える余地はありません。聖書に語られているキリストの生涯を絵画化し、神学論争の末に打ち立てられた教義、説教、典礼の文言を図像によって表すこと。それがビザンティン美術に課せられた役割であり、ビザンティン美術は、目の前に見えている現実や、手で触ることができる事物をできる限り忠実に再現するのとはまったく異なるやり方によって、人間を超えた神聖な存在を表現し続けました」(以上、第四章「ビザンティン美術」)

 ビザンティン美術にとって最も重要な決まりごとは、不変であること。キリストの使徒たちと教父以来の伝統を生きることを目的としてきた。ビザンティン帝国のキリスト教を継承する正教会は、自分たちこそ古代教会以来の伝統が保たれた教会であると自負する。それと同じ姿勢が美術にも見られる。カトリック教会の美術が時代の変遷とともにさまざまな様式を生み出し、変化と発展を遂げていったのとは対照的に、正教会の美術は不変であることを頑ななまでに守り続けてきた。それは神が不変であり、教会が不変であることを表明する手立てでもあった。

 「ビザンティン美術」にしばしば見られる、正確な遠近法に従わない建造物や背景は、ともすれば稚拙なものに見えてしまう。しかし、あえて正確な遠近法を避け、あらゆるものを網羅的に見通す神の目線に立つ描き方(逆遠近法)が選択されたと考えられている。また、画家自身が想像力を駆使し、独自性を発揮して神の姿を描くとしたら、神の姿が何通りもできてしまう。それを避けるために、「ビザンティン美術」では既存の図像を手本に忠実に描くことに専念する。イコンは神の原像を映し出す鏡、あるいはそれを介して神を想起するための窓。唯一かつ永遠に不変である神が、画家によって、時代によって変化していくようでは、その永遠性を伝えていくことはできないと考える。

 後半の五章から八章では、西ヨーロッパのロマネスク美術、ゴシック美術、ルネサンス美術、バロック美術を時代背景とともに解説。各作品のカラー図版が理解を助け、教会・美術館めぐりをしているような感覚に読者を誘う。バロック以降も西洋美術史の中でキリスト教美術は生き続けるが、西ヨーロッパではキリスト教を離れた主題が美術様式の新しい流れを作り出すようになっていく。

 多くの一般向け解説書では、西ヨーロッパのキリスト教美術の作品が多く取り上げられる傾向があるが、本書では「ビザンティン美術」や東方正教会のキリスト教美術についても詳述することで、キリスト教美術の豊かな世界へ目を開かせてくれる。

【1,056円(本体960円+税)】
【中央公論新社】978-4121027184

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