【書評】 ナショナルジオグラフィック別冊『聖書の王』

 旧約聖書に現れる諸王からイエス・キリストまで、聖書は王たちの物語ともいうことができる。聖書の舞台となる世界は大小さまざまな王によって支配されてきた。ただし、「王」を意味するヘブライ語「メレフ」は特定領域に権威を有する者であれば誰に対しても使われていた。したがって、大帝国の王から族長、一族の長老に至るまでみな一様に「王」と呼ばれていることに留意が必要だ。

 「ホシェア 北王国のホシェア王 (在位:前732頃~前724年頃)は、アッシリアの忠実な臣従王として、その脆弱な統治を始めた。しかし、ティグラト・ピレセル3世が崩ずると、にわかに野心が芽生えてきた。イスラエルにかつての勢威を取り戻すことを夢見るようになったのである。表向きはアッシリアへの貢納を続けつつ、ホシェアはひそかに反乱を画策し、エジプト王ソ(おそらくオソルコン4世を指す)と謀議を巡らせ始める」

 ホシェアはアッシリア王サルゴン2世に対抗して敗北し、死んだが、それによって引き起こされたのがアッシリア捕囚であった。捕囚となったイスラエルの人々は「ヘラ、ハボル、ゴザン川」に住まわされた(列王記下17章6節)。

 「強制移住という政策 強制移住を戦略的な政治手法として初めて用いたのは、どうやらアッシリアの歴代王だったようだ。それによって故郷を追われたのは、サマリア人やユダ王国の人々だけではない。 アルメニア人やペルシャ人、メディア人、アラブ人もまた、異郷へと追い立てられたのである。強制移住の主たる目的は、反乱の抑止だった。それと同時に、捕虜にした人々を遠方に移すことで、アッシリアは利用可能な天然資源に対して、より公平な人口配分を行い、その地域を事実上『植民地化』したとも考えられる」

 サルゴン2世の命によりバビロニア人が入植したのがサマリアの丘陵地帯だった。現在は「ウエストバンク」(ヨルダン川西岸)と呼ばれている。

 外国の王でありながら、聖書で惜しみない賛辞が贈られているのはキュロス王(在位:前559~前529年頃)だ。紀元前540年にキュロスはバビロンを陥落させ、バビロン捕囚を解放した。

 「捕囚の解放 同じような帝国の歴史がこれまで示してきた通り、臣従国は自己のアイデンティティーを回復するために、いずれ反乱を起こす。その点キュロスは、属国に自立性を発揮させる別の方法があると考えていた。それは、民族主義的な願望を土着の信仰へと誘導するやり方である。キュロスは自分の国に多くの宗教が乱立していることを知っていた。バビロニアにはマルドゥク信仰があり(キュロスはすぐにこれを自分の守護神とした)、〔…〕

 キュロスが紀元前528年に発した宗教的寛容の宣言は帝国全域で歓迎されたが、ほかのどこよりも喜んだのがユダ王国だった。しかし、ユダヤ教の復興を担うべき祭司も書記も学者も、もはやエルサレムにはおらず、バビロンに抑留されている。そこでキュロスは、そうしたユダヤ人の捕囚を解放し、故郷に戻るよう促した。〔…〕

 ユダヤ人共同体の多くは喜び勇んで故郷を目指す長途の旅路に就いたが、とどまる共同体も少なくなかった。ユダに帰らなかった者たちが律法を捨ててしまったわけではない。ただ、彼らはすでにバビロンに根付き、高度に洗練された文化と生活様式に馴染んでしまっていたのである。また、せっかく苦労して異郷に築いた律法研究の拠点が廃れてしまうことを恐れて、帰郷しない者たちもいた」

 プロテスタント教会では読まれることの少ないマカバイ記に現れるハスモン朝の王たちも興味深い。イスラエルの苦難に満ちた長い歴史では、宗主国への反乱がたびたび起こされたが、ほとんどが鎮圧された。しかし例外的に、紀元前164年にユダ・マカバイが率いたマカバイ戦争でだけはシリア軍を打ち負かすことができ、エルサレムを奪還。バビロニアのネブカドネツァル王に占領されてから実に445年ぶりにユダヤ人は自由の身となり、神殿から偶像を取り除いて、ヤハウェ信仰を復興させた。以来、毎年ハヌカー(宮浄め)と呼ばれる祭りを祝うようになって今日に至っている(マカバイ記二10章1~3節)。

 ユダ・マカバイに始まるハスモン朝は80年間続くが、その末期に現れたのがヘロデ王である。

 「ヘロデ大王 紀元前125年、ハスモン朝の君主ヨハネ・ヒルカノスは、人口の大部分を異教徒が占めていた南部イドマヤ地方をすでに征服していた。ヨハネは住民にユダヤ教への改宗と割礼を強要。アンティパトロスという男を統領に戴くイドマヤの土豪も、これを免れることはできなかった。ただ、アンティパトロスはユダヤ教徒となったことをむしろ利用し、自分と息子たちにユダヤ人政治家への道を開く。その息子たちの1人がヘロデである。

 ローマの支援を受けて紀元前37年にユダヤの王位を簒奪したヘロデは、強制的に改宗させられたことへの反発もあってか、ローマの神々や皇帝に捧げる都市や神殿の建設に熱中する。〔…〕よその地域の建設資金を調達するという理由で、ガリラヤには容赦なく重税が課された。のちにイエスと同時代の人々の多くが徴税吏に対して嫌悪感を抱くようになった背景には、こうした事情があったのである。

 第二神殿 〔…〕紀元前22年、ヘロデは敬虔なユダヤ教徒を懐柔するためか、エルサレムの第二神殿をローマ世界最大の聖域に拡張する計画に着手する。神殿は丘の上に建てられていたため、頑丈な壁を巡らして、その上に広い通路を設けた。壁の一部は今も残り、『西の壁(嘆きの壁)』と呼ばれ、ユダヤ教で最も神聖な場所として崇められている。ちなみに、イエスが弟子たちを伴い過越祭の夕べに神殿を訪れたという紀元後30年頃になっても、 拡張工事は終わっていなかった」

 本書のラストに挙げられているのは、「メシア-ユダヤ人の王」イエス・キリストと、ポンティオ・ピラト。政治的・社会的な状況がどのように「メシア」たる者に影響を及ぼしたのか、聖書だけでなく当時の歴史家の言葉からも引用し、浮き彫りにする。聖書に現れる数多くの「王」に注目するというユニークな視点を持つことで、聖書世界の歴史的背景への理解がより一層深められる。

【1,540円(本体1,400円+税)】
【日経ナショナル ジオグラフィック】978-4863135598

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