【書評】 『聖書から出た日本語100』 米川明彦

 今ではクリスチャンだけでなく広く一般に使われている「聖書から出た日本語」を、牧師であり日本語研究者でもある著者が紹介。「昔キリスト教のことをヤソといったのはなぜ?」「キリストを基督と書くのはなぜ?」といった素朴な疑問に答える。

 「:キリスト教と言うと『神は愛なり』『なんじの敵を愛せよ』を思い浮かべる人が結棉います。そのように『愛』はキリスト教の代表的なことばと言えます。新約聖書で『愛』の原語ギリシア語は『アガペー』(一一六回使用)、『愛する』の原語は『アガパオー』(一四三回使用)で、両語とも辞書以外では一般的ではなかったことばでしたが、新約聖書には『アガぺー』と『アガパオー』を合わせて二五九回も使われており、まさにキリスト教用語になりました。〔…〕

 奈良時代 、『愛』は仏教語を除いて、もっぱら身近な人、親子、夫婦などの肉親の愛情を表しました。仏教語としては梵語(サンスクリット語)で書かれた仏典の翻訳語として、十二因縁の―つで貪欲、執着する意です。鎌倉時代~江戸時代、明治初期まで、煩悩の一つとしてマイナスの意味で使われました。現代の『愛(する)』の意味・用法は、聖書から出たキリスト教用語が一般化したものでした」

 「キリスト:『キリスト』の新約聖書の原語ギリシア語は『クリストス』で、動詞『クリオー』(油を注ぐ)の形容詞『クリストス』(油注がれた)を名詞化したもの。直訳すれば『油注がれた者』です。〔…〕

 なぜ『キリスト』を『基督』と表記するのかについて以下に簡単に記しておきます。中国で十六世紀末、ポルトガル語Christoを『契利斯督』、十七世紀前半、中国に来たカトリックの宣教師の著作に『基利斯督』と音訳されました。中国に来たフランス人宣教師バセ訳『四史攸編』(一七〇〇年初頭)の『使徒の働き』の訳に『基督』が初めて登場。これは先の『利斯』の略語でした。〔…〕

 日本のカトリックでは明治初年から中期まで『基利斯督』が使用されていたが、プロテスタントでは明治初年から『基督』を用い、明治中期までに一般に『基督』が広まりました。いずれにしても中国語訳から借用したものです」

 中国の漢訳聖書から採り入れられたのは「基督」以外にも、「贖い」「悪魔」「安息日」「異端」「教会」「悔い改め」「偶像」など数多くあり、本書に取り上げた103語句のうち43語を占める。聖書の日本語に、漢訳聖書の影響が大きいことがうかがえる。

 「偶像:『偶像』は聖書から出たことばであることは案外知られていません。旧約聖書の原語ヘブル語は『ペセル』や『エリール』などがあります。前者は『パーサル』(切り取る)から派生しました。後者はもともと『ない』『むなしい』意。それゆえに偶像は『むなしい』物と呼ばれます。十戒の第二戒で偶像を造ることも拝むことも禁じています(偶像礼拝の禁止)。〔…〕

 中国の訳語を見ると、中国に来た宣教師のブリッジマンとカルバートソン訳(BC訳)『旧 約全書』(一八六四年)の出エジプト記 20章4節に『偶像』があり、日本語訳はこれを借用し、日本の翻訳委員会訳『新約全書』(一八八〇年)も『偶像』です。国語辞典を見ると、聖書の翻訳を手伝った高橋五郎『漢英対照 いろは辞典』(一八八七~八八年)、『言海』(一八八九~九一年)、『辞林』(一九〇七年)、『大日本国語辞典』(一九一五~一九年)、『大言海』(一九三二~三五年)に立項されているので定着は早い」

 「初めにことばがあった:『初めにことばありき』と文語で親しまれてきたこの聖句は、新約聖書ヨハネの福音書の冒頭のことばで、『ことば』の原語『ロゴス』は新約聖書に三三〇回使用されています。『ことば』『こと』『わけ』『話』『関係』『問題』などと訳され、訳語が多岐にわたっています。〔…〕

 『ロゴス』は基本的には宇宙の法則を表す哲学用語でした。〔…〕

 しかし、新約聖書のヨハネの福音書では『ロゴス』は『神であった』『人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である』(1・14)と宣言し、『ロゴス』は神学用語で言う『先在のキリスト』を指します。〔…〕

 クリスチャンでない人々は『初めにことばがあった』を誤解しています。たとえば、人類の歴史はことばとともに始まったとか、人の行動の前にまずことばがあり、そのことばによって行動が規定されるとか、さまざまな間違った解釈があります。『初めにことばがあった』の敷衍訳を参考に挙げると、尾山令二訳『現代訳聖書』(一九八四年)に『まだ、この世界も何もかもなかった時、すでにキリストは存在しておられた』とあります。これが正しい解釈です」

 本書では単語のほか、「人はパンだけで生きるのではない」「求めよ、さらば与えられん」などのフレーズも解説。原語、語源、意味、訳語の歴史、いつ国語辞典に掲載されたかを網羅する。一般に、日本語研究者は聖書そのものに疎い傾向があり、聖書研究者は日本語に関する知識が日本語研究者ほどではないことが多い。だが、その両方の知識を総動員して聖書翻訳にあたったのが初期の宣教師とその協力者たちであった。翻訳され、人々の口に上り、定着して、今や日本語となった聖書のことばたち。本書で一つひとつのことばの成立過程をたどることで、その背景にある宣教者・信仰者たちの熱い思いを感じ取りたい。

【1,650円(本体1,500円+税)】
【いのちのことば社】978-4264043942

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