【書評】 『イラクのキリスト教』 浜島 敏 訳

稀有な少数派キリスト教徒による信仰告白

 本書はイラクのキリスト教「についての」本ではない。著者自身がイラクで生まれ育ち、フセイン政権下の抑圧を生き抜いた、イラク少数派キリスト教徒である。したがって当事者による信仰告白的文書なのであり、外部からのオリエンタリズム的関心では決して見えてこないものが、そこにある。

 著者自身の学究的射程はシリアから遠くは中国にまでおよぶ。その成果は教理史的にも重要な視座を与えてくれる。例えば三位一体の教義についてカルケドン公会議でネックとなったのは、神学論争、政治的対立と共に、翻訳の問題であったことが本書からうかがい知れる。

 「イエスの人性・神性の違った側面を表すのに使われる枢要な専門用語である『本質』(Nature/Physis/kyana)、『位格』(Person/Hypostasis/Qnoma)が、それぞれの派において違った意味に使われていた。カルケドン派は『本質』という語が『存在の実態』を言い表すために用いたのに対し、非カルケドン派は『存在の状態』を表していた」

 異なる地域、異なる文化と言葉で礼拝をする者たちの間で起こった事態を「教会分裂」、ましてや「初代の一致教会からの堕落」などとひと括りにしてしまうことが、いかに知的怠慢であるかということが分かる。

 こうした初期キリスト教の豊饒さから近代の民族主義、そして現代のいわゆる「テロリズム」の時代に至るまでを、イラクの地で信仰を育んだ女性が語る。バース党の創始者がキリスト教徒であったこと、アラブの民族主義にキリスト教が深い影響を及ぼしたこと。そしてそこにあからさまに現れる「西欧」の翳(かげ)を学ぶ。

 イラク戦争後におけるアメリカからの押し付けがましいイラク伝道の背景もよりよく理解できるだろう。

【本体2,300 円+税】
【キリスト新聞社出版事業課】978-4-87395-706-7

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