仏教とキリスト教の垣根越え「宗教とジェンダー」を問う 『お寺に嫁いだ私がフェミニズムに出会って考えたこと』刊行記念イベント 2026年6月2日

昨年出版された『お寺に嫁いだ私がフェミニズムに出会って考えたこと』(地平社)の刊行1周年を記念するトークイベント「宗教とジェンダーをめぐるモヤモヤを斬る!」が5月27日、銀座・教文館のギャラリーステラおよびオンラインで開催された(キリスト新聞社主催、本屋とキッチン よりまし堂、地平社協力)。著者の森山りんこさんら4人が登壇し、仏教界とキリスト教界に共通するジェンダーをめぐる課題について意見を交わした。
同書は、一般家庭から僧侶と結婚した森山さんが、「寺族」としての役割に違和感を抱き、フェミニズムと出会うことで自らの立ち位置を問い直す過程を綴った記録。森山さんは、「なんで結婚したら〝お寺の奥さん〟にならないといけないのか、なんでお寺の仕事を同等にしているのに給料に差があるのか」という日常の違和感をSNSに書き込んだことが執筆の契機となったと明かし、宗教コミュニティの閉鎖性について、「ジェンダーも不平等だが、お寺の大きさで僧侶や寺族の〝ランク〟が決まるのもおかしい」と指摘した。
立教大学助教の丹羽宣子さんは、宗教社会学の視点からコメントし、「寺族」当事者が孤立化しやすい構造に懸念を示し、「お寺や教会を聖域にせず、社会の中に存在しているということを自覚することが重要」だと強調した。社会がジェンダー平等などに歩調を合わせる中、お寺が取り組まなければ「社会の方から、ここに救いはないと見限られてしまう」と警鐘を鳴らした。
教団内部から改革に取り組む浄土真宗本願寺派僧侶の西永亜紀子さんは、自身も僧侶でありながら、結婚を機に周囲から「一歩引いて、裏方の立場に徹するように」など、僧侶としての振る舞いを控えるよう求められた経験を告白した。男性僧侶や寺院関係者に臨むこととして西永さんは、「内側にこもらず外に出てほしい」と述べ、異なる立場の人々と交流する「他流試合」を通じて、教団外部の視点を取り入れる必要性を訴えた。

キリスト教界からは、牧師の配偶者で、自身も牧師である「なまこクリーム」さん(仮名)が登壇。教会の状況が同書の内容と「違いを見つけるのが難しいぐらい」酷似していると指摘。「女性は柔らかい対応が得意だから」などの理由で、牧師や僧侶の家族が檀家や教会員の対応を任される現状について、「一番やりたくない雑務をやらせるための常套句ではないか」と批判し、何か問題提起をすると「信仰が足りない」「なぜ許せないのか」と精神論で封じ込められてしまう教会の体質にも言及した。
イベントの終盤、参加者からの「お寺にいる女性はどうあるべきか」という問いに対し森山さんは、何をするにも許可を得なければならないという強迫観念に苛まれていたという体験から、「自分の身の回りのことについて自分で決定権を持つこと」と回答し、最後に「宗教は偉くない。宗教のフィルターを通さず、個人として考えるべき問題を峻別すべき」と締めくくり、教義や伝統の前に、一個人の人権としてジェンダー課題に向き合う重要性を呼びかけた。














