「戦わない」という選択 沖縄の非暴力抵抗と良心的兵役拒否考える 改革派西部中会8.15集会 2026年8月17日

 日本キリスト改革派教会西部中会主催の「8・15集会」が8月11日、日本キリスト改革派神港教会(兵庫県神戸市)で開かれ、約100人が参加した。日本キリスト教会沖縄伝道所信徒の西浦昭英氏が「沖縄における非暴力抵抗運動」と題して現地報告し、吉田隆氏(日本キリスト改革派甲子園教会牧師、神戸改革派神学校校長)が「“戦わない”という選択――良心的兵役拒否について考える」と題して講演した。

 西浦氏は、教員として修学旅行の引率で沖縄を訪れたことをきっかけに関心を深め、退職後の約7年半前に沖縄へ移住。現在は辺野古に近い名護市で暮らしながら、基地建設に対する抗議活動に参加。沖縄に米軍基地が集中する現状について、人口の少ない地域へさらに負担が押し付けられていく構造を「いじめ、差別」と表現した。

 報告では、伊江島の土地闘争以来受け継がれてきた非暴力抵抗にも言及。米軍との交渉に臨む住民たちが定めた「陳情規定」のうち、「耳より上に手を上げないこと」という原則を紹介した。相手に暴力の口実を与えず、自らも怒りに任せて手を出さないための知恵だったという。こうした姿勢はその後の沖縄の基地反対運動にも受け継がれてきた。

 現在の辺野古周辺でも、工事車両の前をゆっくり歩く、海上で土砂搬入を遅らせるなど、暴力によらず工事に抵抗する活動が続く。西浦氏は、4人で横断歩道を歩く様子をビートルズのアルバムになぞらえて「アビーロード作戦」と呼ぶなど、ユーモアも交えて紹介。「コツコツと地味にやっている」と語り、戦争を起こさないためには「基地や軍隊や武器をいかに減らすか、なくすか」という視点が必要だと訴えた。

 一方、吉田氏は、現在の日本に徴兵制はないものの「良心的兵役拒否という選択肢がある」こと、その選択をした人を教会が支えるとは具体的に何を意味するのかを考える必要があるとした。

 良心的兵役拒否については、宗教的、思想的、政治的信条など良心上の理由から、徴兵という市民的義務を部分的または全面的に拒否することとし、単なる戦争嫌いや兵役忌避とは異なり、自らの確信に基づいて意図的に拒否する行為だと強調。初代教会以来の非戦の伝統や再洗礼派、メノナイト、クエーカーなどの歴史にも触れ、近現代には「良心の自由」という人権の問題として認識されるようになった経緯をたどった。

 また、国の法律を尊び、市民として義務を果たすことを原則としながらも、国家が「私たちの良心に対するイエス・キリストの主権」を奪おうとする場合には、義務を拒否するだけでなく抵抗することも求められるという日本キリスト改革派教会の「教会と国家に関する信仰の宣言」(三十周年宣言)を紹介。

 吉田氏が特に強調したのは、兵役拒否を個人の決断だけで終わらせない教会の責任だった。北米キリスト改革派教会(CRC)やアメリカ改革派教会(RCA)、アメリカ合衆国長老教会(PCUSA)の取り組みを例に、若者が平時から自らの戦争や非暴力についての考えを言葉にし、家族や牧師、教会員と話し合い、その歩みを記録することの重要性を紹介した上で、実際に兵役拒否を選んで社会的不利益を受けた場合には、教会が「物心両面」で支える覚悟が求められるとした。

 最後に吉田氏は、かつて多くの兵士が国や家族を守ろうとして戦地に赴いた歴史を踏まえ、「守るためにはどうすればよいか」という思いと、「人を殺す場所には立たない」という良心との緊張を失ってはならないと強調。その上で、家庭や教会で子どもや若者に「命は国家に勝る」ことを伝え、隣人や隣国と戦わない道を共に考え、その道を選ぶ青年を教会が物心両面で支える必要があると訴えた。

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