独著述家アンゼルム・グリューン氏に批判 性的加害認めた司祭の再牧会に「前向き」 2026年9月12日

ドイツを代表するキリスト教著述家で、ベネディクト会修道司祭のアンゼルム・グリューン氏(81)が、未成年者への性的加害を認めた司祭を再び牧会に就かせることに前向きな姿勢を示していたとして批判を受けている。パーダーボルン大司教区の性的虐待を検証する独立委員会(UAK)が9月4日に公表した年次報告で明らかにした。
問題の司祭は1990年、教会の行事で当時16歳の少年に性的行為をし、後の刑事捜査で行為を認めた。少年が侍者を辞めた後には家族への匿名電話も続き、警察の捜査で司祭が発信者と判明したという。
司祭は92年、ミュンスタ―シュヴァルツァハ修道院の「レコレクティオ・ハウス」に送られた。同施設は前年、グリューン氏らによって設立され、司祭や修道者、教会職員らに心理療法と霊的同伴を提供していた。
UAKが確認した記録によると、同年6月、グリューン氏、大司教区の人事責任者、問題の司祭の3人で協議が行われた。グリューン氏は、司祭を将来的にベネディクト会修道院へ受け入れる可能性に言及し、それまでの間、別教区で牧会に従事させる案に前向きだったとされる。司祭はその後、ヴュルツブルク教区で牧会を続けた。
報告書公表後、グリューン氏は当初、この件を「覚えていない」とし、自身が配置転換を仲介したことを否定した。しかし所属修道院は資料を再確認した上で、この最初の説明は「性急だった」と修正。グリューン氏が司祭の牧会継続に前向きだったことを認めた。一方、配置転換の発案やヴュルツブルク教区への直接の仲介は氏によるものではなく、最終的な人事責任は両教区にあったとしている。
今回の問題はグリューン氏個人にとどまらない。パーダーボルン大学が今年公表した歴史研究では、1990年代、性的加害を疑われた聖職者がレコレクティオ・ハウスで心理療法や霊的ケアを受けた後、再び牧会に就いた事例があったことも指摘されている。当時の教会が被害者保護よりも加害司祭の「再出発」を優先していなかったか、改めて検証が求められている。
ドイツ司教協議会の被害者諮問委員会は、同施設を通じて他にも性的加害を疑われた聖職者が牧会に復帰した例がなかったか、独立した調査を求めている。
グリューン氏は霊性や心理、人生論をテーマに多数の著書を刊行し、日本でも広く翻訳されてきた。キリスト新聞社も邦訳書を複数刊行している。















