9・11から25年 全壊・再建の聖堂で宗教間追悼 イスラム教徒のNY市長も演説 2026年9月14日

2001年9月11日の米同時多発テロで全壊し、その後再建された聖ニコラス・ギリシャ正教会・国民聖堂(ニューヨーク)で9月11日、事件から25年を迎えて犠牲者を追悼する宗教間礼拝が行われた。正教会の伝統的な追悼祈祷を軸に、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教の宗教者や警察・消防などのチャプレン、遺族、公職者らが参加。ニューヨーク市初のイスラム教徒市長、ゾーラン・マムダニ氏も演説した。礼拝は約1時間にわたり、聖堂の公式YouTubeでライブ配信された。
礼拝は国旗入場と国歌に続き、ギリシャ正教米国大主教区のエルピドフォロス大主教による追悼祈祷で始まった。犠牲者や救助・救援活動に携わった人々を覚え、「彼らの記憶が永遠となりますように」との祈りがビザンティン聖歌で繰り返された。その後、ニューヨーク市警(NYPD)や消防局(FDNY)などで活動する異なる宗教伝統のチャプレンらが詩編34編を交互に朗読。「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられる」との聖句を通して悲嘆の中にある人々を覚え、参列者が黙祷をささげた。
続いてローマ・カトリックのロナルド・ヒックス・ニューヨーク大司教が「主は私の羊飼い」と始まる詩編23編を朗読した。正教会の典礼だけで完結するのではなく、さまざまな宗教的背景を持つチャプレンらが同じ空間で祈りを担う構成そのものが、同聖堂の掲げる宗教間対話の使命を映し出した。正教系英字紙「オーソドックス・オブザーバー」は、礼拝が「宗教間の一致を堅持した」と報じた。
9・11で弟ジョンさんを失ったアンソウラ・カツィマティデスさんも登壇した。ジョンさんは世界貿易センター104階で働いていた。カツィマティデスさんは、年月は傷を消し去るのではなく傷痕を残すと振り返りながら、悲嘆の中で「慰め、信仰、希望」を聖ニコラス聖堂に見いだしたと証言。「彼らを私たちが記憶し続ける限り、彼らは生き続ける」と語り、「彼らの記憶が永遠となりますように」と結んだ。
カツィマティデスさんは前日の10日、「オーソドックス・オブザーバー」にも「聖ニコラス教会・国民聖堂は、悲劇から希望への架け橋」と題して寄稿。弟が生前、仕事の前後に旧聖ニコラス教会へ立ち寄り、ろうそくをともして祈っていたことを明かした。再建された聖堂には2022年12月の開堂以来、65万人以上が訪れたという。
聖復活ギリシャ正教会のパンテレモン・パパドポウロス司祭は、テロ後には建物だけでなく信仰そのものを再建しなければならなかったと証言。ローマの信徒への手紙8章35~39節を踏まえ、災いも恐れも憎しみも死も「神の愛から私たちを引き離すことはできない」と説いた。「死は声を黙らせることはできても、愛を黙らせることはできない」とし、憎しみに慈しみで、分裂に一致で、無関心に奉仕で、闇に光で応えるよう呼びかけた。
マムダニ市長は、テロ直後に見知らぬ者同士が助け合ったニューヨーカーの姿に言及。「見知らぬ人同士が示した寛大さ、他の人々を家に帰すために命を落とした人々、心の奥底から湧き上がった優しさを私たちは覚えている」と述べた。その記憶は時に遠く感じられても、聖ニコラスでは「決して遠く離れることはない」とし、再建された壁や会衆席そのものが、街の回復力を「触れることのできるもの」として伝えていると語った。
また、崩壊後の現場で救助関係者が聖書や燭台など教会の品々を慎重に掘り出し、返還したことにも触れた。「この共同体は、この街と同じように回復力を持っている」と述べ、瓦礫から聖堂を再建した歩みを、喪失を尊厳と愛によって受け止め直す営みとして評価した。
最後にエルピドフォロス大主教は、「二度と不寛容と憎悪が、この聖なる地、そして私たちの街に害を及ぼすことを許してはならない」と訴えた。聖ニコラス聖堂は「相互尊重、対話、理解こそが唯一の道」であることを示す場所だと強調。米国民のおよそ4人に1人が9・11以降に生まれたとして、事件を「生きた記憶」として次世代へ伝える責任は、今後さらに大きくなると語った。
さらに、聖堂は単に破壊された建物を復元したものではないと指摘。犠牲者を生き返らせることはできなくても、その「高潔さ、英雄的行為、勇気、そして何より人間性」を、すべての人に開かれた聖なる空間に刻むことはできると述べた。
正教会で祈られる「記憶が永遠となりますように」との言葉についても、単に過去を忘れないことではなく、亡くなった人々を「神の永遠の記憶」に委ねる愛と祈りの行為だと説明。「聖ニコラス国民聖堂そのものが、その祈りの生きた表現」と語り、参列者とともに「彼らの記憶が永遠となりますように」と祈って礼拝を締めくくった。
(エキュメニカル・ニュース・ジャパン)















