「福音派」の名を捨てる? 米メディア団体の改称論争 2026年10月3日

 「福音派」という名前は、もはや福音を表す言葉として機能しているのか――。米国のキリスト教メディア関係者でつくるEvangelical Press Association(EPA)が、団体名から「Evangelical(福音派)」を外すことを検討している。米「レリジョン・ニュース・サービス」(RNS)が報じた。

 EPAには「Christianity Today」「WORLD」「Decision」など約300の媒体・団体が加盟する。理事会は8月、名称をChristian Communicators Networkに変更する案を会員に提示した。10月7日まで投票を行う。理事会は、現在の「evangelical」という言葉には政治的、文化的、社会学的な意味が付着し、本来の神学的意味が見えにくくなっていると説明する。一方、名称を変えても団体の神学的立場や加盟基準は変更しないとしている。

 背景には、米国社会で「福音派」が信仰上のカテゴリーであると同時に、政治的なカテゴリーとしても定着してきた事情がある。EPAが2024年に委託した調査では、イエス・キリスト、聖書、伝道などについて福音派的な信仰を持つプロテスタントのうち、自らを「evangelical Christian」と呼ぶ人は61%にとどまり、39%はその呼称を使わなかった。また、自分たちが米国社会から肯定的に見られていると考える人は24%だった。

 実際、米「ピュー・リサーチ・センター」の2023~24年調査では、福音派プロテスタントは米成人の23%を占める。政治的には70%が共和党支持または共和党寄りと回答したが、人種による差も大きく、白人福音派では80%、ヒスパニック系福音派では58%だった。さらにPewの分類では、教派、人種、「ボーン・アゲインまたは福音派」と自己認識するかどうかなど複数の要素が使われており、「福音派=特定の政治支持層」と単純に置き換えられるわけではない。

 名称変更に反対する声もある。「クリスチャニティ・トゥデイ」副編集長のボニー・クリスチャン氏は、「Evangelical」を外して「Christian」と名乗りながら、実際には福音派的な信仰基準を維持するのであれば、カトリック、正教会、主流派プロテスタントまでを含む団体になったかのような誤解を招くと指摘する。「看板」を変えても、誰を含み、誰を含まないのかという問題は残る。

日本の「福音派」は米国と違う

 日本福音同盟(JEA)は自らを「聖書信仰に立つ福音的諸教会の交流・協力機関」と定義し、約100の教団・教派・教会、伝道団体が加盟する。英語名も「Japan Evangelical Association」であり、「福音派」は現在も明確な自己呼称として使われている。

 しかも日本の「福音派」が形成されてきた歴史は、米国の現在の政治状況だけでは説明できない。JEAは2015年の「戦後70年にあたってのJEA声明」で、戦後の福音派教会が結集した原点として、聖書の規範性と基本教理を重視することに加え、戦時下で教会を弾圧・懐柔した「天皇制・国家神道体制を標榜するナショナリズムとの対峙」を挙げている。2025年の戦後80年声明でも、戦時下の日本の教会による侵略戦争への協力を改めて振り返り、「平和をつくる者」として歩む姿勢を示した。つまり、日本で「福音派」を米国政治で語られる「キリスト教右派」とほぼ同義に扱えば、その歴史や内部の多様性を見失う。

 一方で、呼称そのものが揺らいでいる兆候もある。日本キリスト教協議会(NCC)は2026年、JEAを紹介する中で、「近年、『福音派』という言葉は多様で広がりのある概念となっている」と記した。その上で、だからこそ相互理解と対話が必要だとしている。

「主流派」も本当に主流なのか

 同じことは「主流派」という呼び方にも言える。日本のプロテスタント界では、NCCに加盟する歴史的教派などを米国の「メインライン」にならって「主流派」と呼び、JEA周辺を「福音派」と呼ぶ二分法が長く使われてきた。

 しかし「主流派」は文字通り「多数派」という意味ではない。現在のNCCには日本基督教団、日本聖公会、日本福音ルーテル教会、日本バプテスト連盟、日本キリスト教会などが加盟しているが、「主流派」「福音派」という境界を越えた交流や協働も増えている。2021年の東日本大震災国際神学シンポジウム青年の部では、「福音派」のキリスト者学生会(KGK)と、「主流派」の学生キリスト教友愛会(SCF)などが中心となって企画を担った。

 本紙が2018年に主催した企画では、長年「クリスチャン新聞」の編集に携わった根田祥一氏が、かつて福音派には「リベラルではない」「社会派ではない」と他者との差異によって自己を規定する傾向があったと振り返る一方、近年は違いより共通項に目を向ける模索が始まっていると指摘していた。教会の実態が変化する中で、かつて便利だった地図の線だけが残っているとも言える。

 「福音派」「主流派」「リベラル」「保守」「キリスト教右派」――。これらの語をなくせば、問題が解決するわけではない。歴史や神学的位置を理解するためには、ある程度の分類語も必要だ。

 しかし、その言葉が何を意味するのかを確認せず、「福音派だからトランプ支持」「主流派だからリベラル」といった説明に置き換えれば、宗教を説明する言葉が、宗教を見えなくするラベルになりかねない。日本のキリスト教界もまた、「福音派」「主流派」という長年使い慣れた言葉が、今なお目の前の教会の姿を正確に映しているのかを問い直す時期に来ているのかもしれない。

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