森本あんり氏が記者クラブで会見「米国は自己批判の伝統を失った」 トランプ政権を建国史から分析 2026年10月15日

神学・宗教学者の森本あんり・国際基督教大学名誉教授は10月13日、日本記者クラブ(東京都千代田区)で「例外主義の国から普通の国へ――トランプ政権の歴史的な位置づけ再考」と題して会見した。建国250年を迎えた米国で広がるキリスト教ナショナリズムを、建国期の宗教政策や政教分離の理念から分析した。11月3日の米中間選挙を前に同クラブが企画した会見シリーズの一環。
森本氏は、1988年の「ウィリアムズバーグ憲章」にキリスト教諸派や他宗教、無宗教の立場の人々が賛同したことを紹介。信教と良心の自由が米国の基本理念とされてきた一方、今年5月の建国250周年関連行事「リディディケート250」にはキリスト教ナショナリズムに関係する指導者らが参加し、ユダヤ教のラビ以外に他宗教や無宗教の代表者が見られなかったと指摘した。
米国の特別な使命を説く「アメリカ例外主義」については、1630年にピューリタンの指導者ジョン・ウィンスロップが語ったとされる「丘の上の町」を取り上げた。レーガン元大統領らが米国の優越性を示す言葉として引用してきたが、本来は人々の視線にさらされる共同体に自戒を求める説教だったと説明。「成功の祝賀ではなく失敗の警告だった」と述べた。
また、リンカーン大統領が南北戦争での神の審判を南北双方に向けたのに対し、現代のキリスト教ナショナリズムは世俗主義者や移民、性的少数者らに国家の問題の原因を求める傾向があると論じ、「アメリカは自己批判の伝統を失ってしまった」と指摘した。
政教分離については、連邦憲法が公職就任時の宗教審査を禁じ、修正第1条で国教樹立を禁止していることを挙げ、建国期には啓蒙思想家だけでなく、宗教的少数派のバプテストなども政教分離を支持したと説明した。近年の連邦最高裁では歴史と伝統を重視する方向への転換が進んでおり、中間選挙の結果だけでは変わらないとの見通しを示した。
会見の終盤には、政教分離は自由と平等を保障する制度であって、社会の価値や目標を示すものではないと述べ、その制度の下で何を実現するかを市民社会の課題として提起。
質疑応答では、今回の中間選挙で民主党から牧師や牧師を目指す人が10人以上立候補していると紹介し、長老派、メソジスト派、ルーテル派など主流派教会の関係者が目立ち、独立教会やペンテコステ派を背景に持つ共和党側の候補者と教派的な違いがあると説明した。主流派には教派組織による一定の統制がある一方、独立教会では牧師個人の主張が通りやすいと指摘。主流派の衰退によって異なる立場の信徒が教会内で接する機会が減り、プロテスタントの分裂と分断が進んできたとの見方を示した。
日本で「福音派」が米国のキリスト教ナショナリズムと結び付けて語られることについて問われた森本氏は「日本の福音派とアメリカの福音派を混同しないでほしい」と述べ、日本の福音派には聖書通読を重視し、特定の箇所だけでなく全体を踏まえて解釈する伝統があると説明。戦時下の国家統制に抵抗したホーリネス系教会の歴史にも触れ、「福音派」という言葉に否定的なイメージが広がることへの懸念を示した。
















