混沌とした時代における「啓示」を問い直す 大阪で神学者・牧師らが議論 2026年6月22日

 焚き火塾(大頭眞一代表=日本イエス・キリスト教団京都信愛教会・明野キリスト教会牧師)は6月22日、大阪クリスチャンセンターでシンポジウム「混沌とした今という時代に 焚き火を囲んで啓示を語る」を開催した。会場とオンラインを合わせて約20人が参加し、神学者や牧師らが現代社会における「啓示」の意味をめぐって意見を交わした。司会は大頭氏が務めた。

 中心発題を行った濱和弘氏(日本ホーリネス教団小金井福音キリスト教会・相模原キリスト教会牧師、東京聖書学院講師)は、普通啓示と特殊啓示を手掛かりに、神がどのように人間に語り掛けるのかを考察した。東日本大震災の被災地で死と喪失に向き合う中、「罪の赦し」を中心とする従来の救済理解だけでは、人々の深い苦しみに十分応答できない現実を痛感したと振り返った。その経験から、救済論を支える問いとして、「神はどのように人間にご自身を示されるのか」という啓示論への関心を深めたという。

 これを受けて南野浩則氏(日本メノナイトブレザレン教団石橋キリスト教会副牧師、福音聖書神学校教務)は、濱氏の神学について「啓示を命題ではなく、人格的な出会いとして捉えようとしている」と評価した。その上で、「なぜ聖書は神の言葉と言えるのか」と問い掛け、聖書が持つ物語性や、教会の外における神の働きの可能性について見解を示した。

 久保木聡氏(日本ナザレン教団大阪桃谷教会牧師)は、濱氏の議論の背景には、命題を重視する信仰理解に対して抱いてきた痛みがあるのではないかと指摘した。また、人間の苦しみに向き合いながら解釈を重ねる営みが、他者との対話の可能性を開くとの見方を示した。

 徳田信氏(日本基督教団高の原教会牧師)は、濱氏の問題意識に理解を示しつつ、「キリスト教を相対化する方向へ進む危険はないか」と問い掛けた。また、宗教哲学的な枠組みの中でキリストが一つの記号として扱われ、神の具体性が失われる可能性に懸念を表明した。これに対して濱氏は、神学と宗教哲学を架橋しながらも、神経験のリアリティーを失わない神学を目指していると応じた。

 西原智彦氏(バプテスト教会連合金剛バプテスト・キリスト教会牧師、大阪聖書学院非常勤講師)は、濱氏の「神学には隙間が必要」との主張を受け、「啓示について語る言葉そのものにとどまるのではなく、その言葉の先におられる神ご自身を見ることが重要だ」と述べた。

 討論では、聖書の権威と言語の限界も論点となった。大頭氏が震災と啓示の関係を尋ねると、濱氏は「苦しみの中で人と共におられるキリストの姿に慰めを見る」と応答した。また、「人は他者の経験を完全には理解できないが、対話のためには『了解』が必要だ」と述べ、言葉の限界を自覚しながら他者と向き合うことの重要性を強調した。

 戦争や社会的分断が進む現代において、神はどのように語り、人はそれをどのように受け取るのか。登壇者らはそれぞれの立場から意見を交わし、啓示をめぐる対話の可能性を探った。

(福島慎太郎)

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