【映画評】『エクソダス:神と王』 『十戒』を再解釈、葛藤する預言者像 2015年1月30日

 セシル・B・デミル監督、チャールトン・ヘストン主演の大作『十戒』からおよそ60年の時を経て、「出エジプト記」の物語が、最新の映像技術でよみがえる。紀元前1300年、栄華を極めるエジプトの王家で養子として育ったモーセが、奴隷として虐げられてきたイスラエルの民を率い、「約束の地」カナンへ導く過程と、兄弟同然に育てられたエジプト王ラムセスとの対決を描く。

 旧約聖書の読者にはなじみのあるシーンが、豪華絢爛な衣装と壮大なスケールのセットで再現。とりわけ、川が血に染まり、カエルやあぶ、いなごが大量発生し、雹が降るという「十の災い」や、エジプト兵による追撃がワイドスクリーンいっぱいに描かれる映像はスペクタクル感満載。

 

 クライマックスは、いわゆる「海が割れる」シーンだが、『十戒』との描き方の違いに注目したい。こちらは「奇跡」というよりも、あくまで自然な現象として、リアリティを追求した現代的な解釈になっている。

 また、モーセとラムセスの人物像が英雄としての威厳よりも、運命に翻弄される人間、父、夫としての葛藤を中心に描かれている点も興味深い。「十戒」を授かる件が、後日談のような扱いでほとんど割愛されているのも大きな違い。

 もっとも特徴的なのは〝神(主)〟が少年の姿をして、モーセにだけ見える形で現れること。物語の節目に現れて、人の言葉で対等に話をする様は「父なる神」よりむしろ「子なるキリスト」を思わせる。この演出には賛否ありそうだが、旧約の神の表現法としては新しい。

 監督は『グラディエーター』『ロビンフッド』など、歴史モノを多く手がけてきたリドリー・スコット。同監督作による「エイリアン」のシガニー・ウィーバーがラムセスの母役として共演しているのが嬉しい。

 時代考証や聖書の解釈をめぐる「正しさ」で言えば、いかようにも非難はできる。しかし、聖書への入口となるエンターテインメントとして大いに活用し、「さらに深く知りたい」「原作(原典)を読みたい」というニーズに応えられる教会でありたい。

 

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【Ministry】 特集「これからの「セイジ」の話をしよう」 24号(2015年冬)

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