【空想神学読本】 「涼宮ハルヒの憂鬱」にみるキリスト者の選択 Ministry 2015年夏・第26号

 2006年、エヴァ以後を象徴する代表作『涼宮ハルヒの憂鬱』がライトノベルからアニメ化され、全2期28話の末、映画としても大ヒットを遂げた。後に「セカイ系」と呼ばれる諸作品の系譜から、キリスト者に投げかけられた問いへと導く。

 ノストラダムスを信じていたのに1999年が無事に終わった21世紀。セカンド・インパクトから約15年、2015年の夏になったのに、まだ使徒襲来はない。歴史上、泡沫のごとく現れる「日付特定系終末運動」への微かな期待が裏切られたときのような落胆が胸をかすめる。

 1995年、震災とオウムの年に当時の社会的不安と自意識を見事に反映し、社会現象とまで呼ばれた「新世紀エヴァンゲリオン」の大ヒットによって、その後20年のアニメ史は「ポスト・エヴァ」と呼ばれるようになった。余談ではあるが、アニメ史におけるエヴァンゲリオンの衝撃は、新約聖書学におけるブルトマンの登場に匹敵する。

 エヴァ以後の作品群は後に「セカイ系」と総括される。セカイ系とは、思春期の過剰な自意識を、わざわざ世界という大きな言葉で語るのに、肝心の世界に関する設定が見えないという特徴を持つ作品群とされた。

 2003年以後、ライトノベル批評ブームの到来で「セカイ系」の意味内容が変化していく。「きみとぼく」という小さな関係性が社会を挟むことなく、世界の終末や救いに直結した作品群を「セカイ系」と呼ぶようになるが、そのあいまいな定義によって、ゼロ年代中盤には、揶揄と批判のためのレッテルとなる。

 2007年以降、宇野常寛の東浩紀批判によって「セカイ系」は、思想論壇、社会学、現代文学の俎上に乗せられて議論・拡散され、もはや誰にもその用語の意味と全体を把握できなくなり、現在では見かけない言葉となった。「フクイン」「セイショ的」「シンコウ的」または「プロテスタント」という時代と文脈と人格に左右される玉虫色の融通無碍な言葉に似ているかもしれない。

 「涼宮ハルヒの憂鬱」は、自分の願うとおりに世界を改変することのできるクラスメイト涼宮ハルヒと彼女に振り回される主人公の男子高校生キョンが、宇宙人、未来人、超能力者と共に送る高校生活を描く作品である。

 原作でのキョンは、少しさめた目線で嫌々ながらハルヒに巻き込まれていく。しかし、劇場版「涼宮ハルヒの消失」では自問自答する。「俺は迷惑神様モドキなハルヒと、ハルヒの起こす悪夢的な出来事を楽しいと思っていたんじゃないのか?」 彼は「あたりまえだ」とハルヒのいる世界を選択し、そのために動き始める。受動的だった主人公が、選択を託された自分の実存を賭けていく。

 エヴァ以後、「セカイ系」というアニメ20年史は、ブルトマン以後の聖書解釈問題に似ている。誰もが作品の受容態度を問われるようになったからだ。問題はもはや哲学的である。相反する多様な前提、認識の方法、世界観が問題なのだ。

 2010年代、エヴァの息子・娘たちは、「クール・ジャパン」ともてはやされ、「学園異能バトル」「日常・空気系」「俺TUEEE系」「異世界料理系」と、良くも悪くも百花繚乱、魍魎跋扈、万人祭司の蟹工船状態である。

 聖書解釈の錯綜と同様だ。油まきテロから無名の聖人のごとく仕える人々まで、さまざまである。

 「あなたはどこにいるのか」。エデン以来の神の呼び声が響いている。主イエスの「わたしについて来なさい」という言葉が、「きみとぼく」を越えた他者と社会に向かう我々の重力であり、聖なるエゴイズムの連帯的参与こそが世界を再構築していく。

 キョンはハルヒを選ぶために自問自答した。「Ready? その設問に、おまえはイエスと答えたんだ」。神の問いかけに、あなたは誰の名前のついた世界を選ぶだろう。

(波勢邦生)

【作品概要】 涼宮ハルヒの憂鬱

 「ただの人間には興味ありません! この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上!」
 入学早々、時を止めるようなあいさつをした涼宮ハルヒ。そんなSF 小説じゃあるまいし……と、誰でもそう思う……。しかしハルヒは心の底から真剣だった。
 涼宮ハルヒが団長の学校未公式団体「SOS団」が繰り広げるSF 風味の学園ストーリー。
 角川スニーカー文庫より2003 年6月から刊行されているライトノベルシリーズ。世界15 カ国で発売されている文庫とコミックスを含め、累計1800 万部を記録したヒット作。第1作である『涼宮ハルヒの憂鬱』は第8回スニーカー大賞を受賞。『このライトノベルがすごい!』2005 年版で作品部門1位を獲得したほか、06 年版で6位、07 年版、08 年版でそれぞれ2位と上位をキープ。05 年版から4年連続でベスト10 入りした唯一の作品だった。

■原作 谷川流
■イラスト いとうのいぢ
■出版社 角川書店

 

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【Ministry】 特集「あれから70年~和解を求めて」 26号(2015年8月)

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