【映画】 この幼稚園はわたしが守る 『小さな園の大きな奇跡』監督インタビュー 2016年10月1日

 香港郊外の幼稚園を舞台とする映画『小さな園の大きな奇跡』は、安月給の園長職を請け負ったひとりの女性と5人の園児の物語だ。実在の同名人物をモデルとした主人公ルイは、熾烈な競争社会を反映したエリート教育を施す有名幼稚園での日々に疑問を感じ、職を辞する。博物館学芸員である夫と悠々自適な世界旅行を計画するが、ふと目にしたテレビニュースで郊外のある公設幼稚園が閉園の危機に瀕していることを知り、園長職への応募を決意する。篤実な夫に支えられ、すべてを一人でこなさねばならない過酷な仕事を全うしてゆくのだが。

 人間ドラマとしても優れた本作では、園児一人ひとりの家庭の描写を通して、香港が今日抱える社会問題の諸相をよく映し出してもいる。みすぼらしいその幼稚園に通う5人の園児たちは、それぞれに経済的な事情を抱えるため他の幼稚園に移れない。交通事故で両親を失い叔母に引き取られた子、母親を亡くして病気で働けない父と二人暮らしの子、父親が片足を失って地上げにも遭い不協和音が響く家庭の子。

 とりわけ目が引かれたのは、パキスタン系の双子姉妹の園児をめぐる家庭描写だ。彼女たちは、南アジア系の人々が集まって暮らすバラック長屋から幼稚園へ通っている。元英国植民地として始まった香港の街には、同じ英国領であったインド圏からの移民が伝統的にも多かった。印僑とも呼ばれる彼らは、香港の歴史と切っても切り離せない存在であるにも関わらず、膨大な数に及ぶ香港の映画作品群で扱われることは非常に稀だと言える。こうしたあたりへの目配せの良さは、傑作『ラヴソング』や『最愛の子』など社会病理を感動物語に落とし込むことの巧みなピーター・チャン(陳可辛)の弟子筋に当たる、本作監督エイドリアン・クワン(關信輝/下写真右)ならではの手腕だ。

 ちなみにエイドリアン・クワン及び共同脚本のハンナ・チャンは、ともに熱心なクリスチャンでもある。クワン監督は母の影響で洗礼を受けたのだが、そのきっかけとなったあるビデオ作品の出来がとても悪かったという。本誌のインタビューで彼は、キリスト教精神を体現する質のより良い映像作品を撮ることは、自身の映画監督としての重要なミッションだと捉えているとも語った。このことは、窮地に立つ人々に助けの手を差し伸べる本作にもよく活かされている。

 またインタビューにおいてクワン監督は“Back to basic(基本に立ち返れ/初心を忘れるな)”というフレーズを幾度も繰り返し使用した。これは彼の映画製作における哲学であるとともに、映画を通して社会へと投げかけたいメッセージでもある。香港は1997年の英国から中国への返還以降、急激な社会変動に見舞われた。この二十年の香港は、大陸中国からの瀑布のような市場経済の荒波を直に受けつづけ、香港元の相対的な下落とともに底知れない人心不安の広がりを経験してきた。映画『小さな園の大きな奇跡』後半では、主人公の園長ルイをマスコットのように利用した教育プロジェクトで金儲けを企むビジネスマンが登場し、感極まったルイが「あなたがやりたいのは金融ビジネスか教育か」と一喝する。

 Back to basic. 人生そのものがそうであるように、教育もまた金銭には換えられない価値をもつ。命がけで子供たちに影響を与えること。キリスト教的自己犠牲の精神を内に秘め、幼稚園園長の職務をそのように任じるルイの獅子奮迅の躍動は観る者を感動させる。

【映画評】 『最愛の子』 親子愛に見る現代中国の矛盾 ピーター・チャン監督最新作 2016年1月30日

 香港人映画監督への本紙インタビューは、ピーター・チャン(陳可辛)以来になる。エイドリアン・クワンがそのピーター・チャンの弟子筋に当たるというのは、個人的に最も力量幅を感じ続けてきた香港の現役監督ピーター・チャンへの独占取材の案件が突如降ってきたり、親の仕事の関係で未成年時バンコクでの生活経験があるピーター・チャンと少しタイ語で話せたりといった一連の出来事へ連なる奇縁を少し感じてしまう。

 そういえばクワン監督はインタビュー中、泣き出していた。精悍な顔立ちをした40代の男が自作を語るさなか目に涙を浮かべ、何度も落涙するのである。しかも小さな部屋で目を合わせたままこれをやられるからたまらない。こちらも涙を浮かべずにいられなくなる。そしてピーター・チャンの時とは異なりインタビューは英語主体で行われたにも関わらず、ボロ泣きする監督の広東訛りの英語が、感極まった自分にはよく聴き取れない。通訳されるまでなぜ泣いているのか意味不明となり、しかし流れる自分の涙の由来に困惑しながらウンウンと頷くことになる。そうこうするうち、同席のハンナ・チャンも通訳も配給会社のコーディネーターまでもが泣き出す。ティッシュが回される。視界はモネかクールベの絵のように涙で滲む。視界の外で誰かが鼻をかんでいる。こういうとき、世界はどうしたって豊かなんだなと感覚する。(ライター 藤本徹)

*本稿は2016年秋に行ったインタビューを基に、当時紙面掲載された記事へ追記したもの。

『小さな園の大きな奇跡』”五個小孩的校長””Little Big Master” 香港・中国 112min
公式サイト:http://little-big-movie.com/

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