【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 先生のピストル キョウカイイエロー 2018年4月1日

 夢の国でもイースターは祝うらしい。テレビで夢の国のコマーシャルを見て、子どもを連れてイースターの時期の夢の国へ行ってみたいと思いながら、あることを思い出した。それは、SNSに流れていた夢の国でのアイドルJの画像だ。その写真には完全にプライベートのアイドルJと連れ合いのS、そしてベビーカーに乗ったお子さんが写っているのだが、この3人は行列に並んでいるのである。芸能人は芸能人パワーを使って(あるいは周りに忖度させて)、こういった場所では並ばないと思っていたわたしには意外な光景であった。

 わたしたちの身近でパワーを持つ存在と言えば「先生」だろう。学校の教師はもちろん、牧師も先生と呼ばれる役職だと思うが、わたしは「先生」というとある漫画家のことを思い出す。

 牧師になる前、別の仕事をしていた時、仕事の関係である漫画家のお宅へ何度かうかがった。わたしはその漫画家の姿が今でも忘れられない。言葉遣いは丁寧で、いつも低姿勢。家を訪れれば、玄関まで仲良くお連れ合いと共に出てきてくれ、家を去る時もいつも2人で見送ってくれた。連載を持つ名の通った漫画家であるのに、こんな目下のわたしにも驕らず、フレンドリーに接してくれるなんて……、と思ったものだ。

 当時、仕事柄、「先生」と呼ばれる人に会う機会が多かった。ドラマのモデルになったような学校の先生、医者、テレビに出ているような政治家、茶道の先生、牧師などなど。無意識なのだと思うが、時にこの先生たちは自分のパワーを利用して、こちらに「ノー」を言わせないような状況を作ることもあった。教員免許を持っていて、牧師を志していた自分としては、「先生」とはどう振る舞うべきなのか、どうあるべきなのかを考えさせられた。

 神学校にいる時、よく言われていたことがある。それは、「あなたたちはこの神学校を出た後は、背中にピストルを持ちながら話しているということを忘れてはいけない」ということだ。牧師というのは信徒たちの前では(こちらがそう思っていなくても)絶大なパワーを持つ存在であり、そのパワーはまるで信徒にとっては有無を言わせないピストルのようなものなのだということであった。無意識のうちに背後でピストルを隠し持ち、信徒の前に立っている。だからこそ、信徒の前で発言をする時、そのことを意識しなければならない。そうでないと、結果的に信徒へのパワーハラスメントを招いてしまう場合もあるのだ。

 わたしは教会でも学校でも、自分から自分のことを「先生」と言わないようにしている。それはできる限り、無意識にピストルをちらつかせないようにするためで、自分は人を「仕えさせる」存在ではなく、人に「仕える」存在なのだと思い起こすための方法だ。牧師も教師も一国の主のように振る舞ってはならないと思う。わたしたちには「まことの主」がいるのだから、その主を見上げて、信徒と共に教会という共同体を作り上げていくべきだと思うからだ。

 復活したイエスはマリアから「ラボニ(先生)」と声をかけられた。聖書の中のイエスは「先生」と呼ばれてはいるが、自分のことは「わたし」と言っている。イエスは自分のためにパワーを用いなかったし、弟子たちがイエスに意見することができるくらいフレンドリーな存在だった。「先生」と呼ばれると、時に思い上がってしまいそうにもなる。しかしキョウカイイエローは、今日も「仕える」者として、どんな人とも「わたし」として出会っていきます!

キョウカイイエロー
 
黄野美晴(きの・みはる) ノリがよく、歌やダンスが大好きなジャニヲタ系ミーハー牧師。実は男性アイドル好き の腐女子。聖書科教師も兼任。泣き虫 で浪費家。武器:ソーテール・シール ド(ウチワ型の盾)/必殺技:キュリ オス・ロゴス・フォース(ペンライト から光を発する)/弱点:イケメン。 熱しやすく冷めやすい。

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