【映画評】 『ゲンボとタシの夢見るブータン』 〝秘境の地〟で失われゆく景色 Ministry 2018年8月・第38号

 爽やかな青空に響きわたるチベタンベルの優雅な金属音。間近にそびえるヒマラヤの絶景と、風にたなびく五色のタルチョ(祈祷旗)。千年の歴史をもつ古寺に暮らす、育ちざかりの兄妹を主人公とする映画『ゲンボとタシの夢見るブータン』は、ねっとりした日本の暑気とは対極の清々しい空気を感覚させてくれる、この夏映画館で観るには最高の作品だ。

 10代の兄妹ゲンボとタシは、寺を代々守り続ける家に生まれた。格式を重んじ民族衣装ゴを常着とする在家僧侶の父に従順でありながら、2人はスマホを手放さずゲームやサッカーが大好きな、地球上のどこにでもいる現代っ子だ。

 兄ゲンボは、寺を継ぐため僧院学校への入学を願う父と、自由な生き方への憧れの間を行き惑う。一方で母は、息子に普通学校を継続してほしいと言う。寺へ観光客を迎えるには英語力こそ必須だからだが、こうした両親の価値観の相違にも、現代の家族に普遍の課題が顔をのぞかせる。

 男まさりの妹タシは、サッカーチームの選抜試験に思いがけず不合格となりショックを受ける。田舎のクラブ活動のようなその場面が、実はブータン女子代表のチーム選抜であるあたりなど、人口69万の小国ゆえの長閑さが微笑ましい。女性的な振る舞いに興味がもてないタシを、父は「男の子の魂をもって生まれた」と評する。カメラはそうして、〝幸福な国〟の素朴な人々という通り一遍のイメージよりずっと手前で生きる兄妹の喜怒哀楽をいきいきと映し出す。

 父親は毎年10月の満月に催される秋祭りで、仮面舞踏チャムの儀式を執り仕切る。道化師アツァラの被る仮面を父親が丁寧に手入れしながら、愛おしそうに眺める様子に胸が熱くなる。彼が大切にしているもの、子どもたちに伝えたいものがその表情には凝縮されている。しかし彼にはしかめ面で息子を説得するしかできず、息子には眠気を誘う説教にしか響かない。

 本作は、初のブータン人監督による日本公開映画でもある。1985年生まれのアルム・バッタライは、ブータン国営放送で働いたのち欧州の育成プログラムを通じ本作の撮影機会を得た。日本では昨年にも初のチベット人監督による傑作『草原の河』が公開されたが、ブータンやチベット出身の監督による高水準作品の登場という喜ばしい流れの内にも、失われゆくものの響きが実は聴きとれる。そしてこの壊音に耳を傾けていられる時間は、観客がにわかに想像するほど長くない。なぜなら彼らの台頭そのものが不可逆に進行する近代化の一過程であり、彼らの切りとる場面の逐一が、次の世代には再現不能の珠玉となるからだ。小津や溝口の映画がそうであるように。

 ブータンでは国内総生産でなく、国民総幸福量(GNH)が政策的に重視されることは日本でもよく知られる。しかしながら今日でもブータンは〝秘境の地〟というイメージがなお強い。とすれば本作の鑑賞はなおさら貴重な機会となる。辺境を知ることは、己もまた別種の辺境性を生きると知ることに等しいのだから。(ライター 藤本徹)

 8月18日よりポレポレ東中野ほか全国劇場ロードショー。

監督 アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー
2017 年/ブータン、ハンガリー/74 分/カラー/配給 サニーフィルム
公式HP https://www.gembototashi.com/

 

「Ministry」掲載号はこちら。

【Ministry】 特集「改めて〝和解〟を問う」 38号(2018年8月)

©ÉCLIPSEFILM/SOUND PICTURES / KRO-NCRV

映画・音楽・文化一覧ページへ

映画・音楽・文化の最新記事一覧

TO TOP