【東アジアのリアル】 二つのアイデンティティの間で揺れる台湾の教会 藤野陽平 2018年9月11日

 保守とリベラルという分類に加え、台湾では言語という軸でもプロテスタントの諸教派を分類できる。北京語を使う「国語教会」と、台湾語を使う「台語教会」とである。なお、この二つの言語は日本の方言のように違うが通じるというものではなく、意思疎通ができない別の言語である。

 写真==の並び立つ二つの建物はいずれも長老教会だが、左側は北京語を使い、右側が台湾語を使う教会である。ともに長老教会であり教義に大差はないが、良好な関係とは言いがたく、「1教派・2教会」という状況になっている。

 写真==は日本統治期に建てられた教会であるが、入り口に台湾語を使う教会と北京語を使う教会の二つの看板が掛けられている。両者の間には同じ建物に入っていると言っても独特な緊張関係が存在し、「1教会・2教派」という状況が生じている。

 この状況を理解するには、戦後の台湾社会を理解する必要がある。戦後、日本人と入れ替わるように中国から台湾に移住した人々を「外省人」と呼ぶが、多くは北京語を使用し、台湾人ではなく中国人としてのアイデンティティをもち、国民党と近い関係を築いてきた。この人々は戦後、国会議員、軍、警察、教員などの公職を独占し、また、1947年の228事件、1949年から38年もの長きにわたる戒厳令と白色テロの時期を引き起こし、その後の台湾社会に大きな禍根を残した。

 こうした外省人が集まったのが国語教会で、外省人から煮え湯を飲まされ続けてきた本省人が集まるのが台語教会であった。当初は単に言語による違いだったのだが、徐々に台湾社会に広がる緊張関係をキリスト教界にも持ち込むことででき上がったのが、台湾のプロテスタント教界の言語による微妙な関係性である。

 このため、台語教会は戦後永らく独裁政権を強いてきた国民党に反対し、人権を重視し、政治に積極的に関与するようになった。1970年代からの民主化運動の先駆けとなったのも台語教会であるし、3月21日付(3469号)2017年10月11日付(3455号)本欄で紹介したケースも台語教会を中心とした動きであった。20世紀末以降急速に民主化が進んだ台湾社会には、使用言語を反映した中国か台湾かというアイデンティティ間の対立が広く見られ、キリスト教界もこうした枠組みで棲み分けされてきた。

 しかし、民主化が起きてすでに数十年の月日が流れ、近年では台語教会にも台湾語ができない若者が増えたり、外省人の家に育ったが台湾は中国から独立していると考える人が増えたりするなど、価値観や言語状況といった社会の変化も大きく、上述のような従来型の枠組みでは捉えにくい局面も生じている。

 ただ、この台湾という小さな島国にとって中国が無視できない巨大な存在であることには変わりがない。そのため、台湾のキリスト教会は中国いう隣人の影響をまだしばらく受け続け、台湾か中国かという二つのアイデンティティの間で揺れ続けるであろう。

藤野陽平
 ふじの・ようへい 1978年東京生まれ。博士(社会学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究機関研究員等を経て、現在、北海道大学大学院メディア・コミュ ニケーション研究院准教授。著書に『台湾における民衆キリスト教の人類学―社会的文脈と癒しの実践』(風響社)。専門は宗教人類学。

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