ルポ43年目の沖縄を行く 特集「あれから70年 和解をもとめて」より Ministry 2015年夏・第26号

 現在、好評発売中のミニストリー第38号。特集「改めて〝和解〟を問う」では来日したアメリカの神学者S・ハワーワスにインタビューした。10月5日、沖縄県知事選(2018年9月30日投開票)にて選ばれた玉城デニー新知事が就任した。故・翁長雄志の遺志を継承する道を選んだ沖縄。8万票差の圧勝とはいえ、前宜野湾市長の佐喜眞淳氏を支持した市民もいることを忘れてはならない。沖縄の行方と〝和解〟を祈ることは教会の責務と言える。

 沖縄関連の話題作も続く。藤井誠二『沖縄アンダーグラウンド――売春街を生きた者たち』(講談社)、また岸政彦『はじめての沖縄(よりみちパン!せ)』(新曜社)が刊行され、沖縄二世作家として、沖縄を見続けてきた仲村清司さん(『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』 光文社新書、2016年など)は、京都への移住を公表した。またキリスト教関連では、一色哲『南島キリスト教史入門: 奄美・沖縄・宮古・八重山の近代と福音主義信仰の交流と越境 』が上梓された。

 いま戦後70年の向こう側へと踏み出す沖縄を、2015年夏に本誌記者が取材したルポを公開する。

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 大きな節目を迎えた戦後のニッポン。為政者の説く「平和」「安全」が空々しく響く中、基地の沖縄、被爆地・長崎が抱える傷は癒えることなく、安全保障をめぐる国家間の溝は未だ深いまま。さまざまな思想信条、主義主張が入り混じり、混沌とする「70 年目」の今日。平和の主による「和解」の萌芽を求めて、いま一度足を踏み出したい。

 沖縄にとって「戦後」は、返還された1972年からの43年間だ。「戦後70年」という区切りそのものが当てはまらない。「日本」とは政府なのか、国民なのか、土地なのか。沖縄のたどった歴史がひと括りにできない現実を露わにする。近代国民国家「日本」の輪郭を問わざるを得ない。40代後半以降の世代が占領下での記憶を鮮明に持つ一方、米軍統治下の沖縄を知らない若者世代の歴史的・政治的な問題への関心は薄いと聞く。この島に真の「和解」が訪れる日は来るのだろうか。
 
 那覇へと向かう途上、羽田空港で沖縄へ帰省するというアニメ作画監督の青木悠さんから話を聞いた。青木さんは基地のある街(沖縄市旧コザ地区)で育ち、琉球大学で戦史・戦後史を学び、平和ガイドのボランティアも行った。卒業後に東京でアニメーターとなった。

――返還後に生まれた世代は、歴史的・政治的問題へ関心を持っているのか。

 「肌感覚ですが、9割以上は関心がないでしょうね。米軍基地で食べている人もいるから仕方ない、という感じです。今の20~30代は事なかれ主義。辺野古問題も座りこみは地元のお年寄りで、応援に活動家が集まっていますが、若者は興味を持っていません。でも、これは沖縄に限らない傾向じゃないですか?」「世代差だけでなく、地域差もあります。基地のある街では『良き隣人政策』と言うんですが、例えば祝祭日に基地を地元に開放したりして、小学生のころから基地交流などがあります。だから、沖縄と言っても一様ではないですね」
 
――沖縄人(ウチナーンチュ)としての自覚や意識については

 「返還後に生まれた世代は、基本的に日本の地方都市の人々ですよ。その意味で、普通の日本人ですね。20年後には沖縄というアイデンティティは消えているかもしれません」

 那覇到着後、戦跡などを巡り、本島最北端に位置する辺戸岬も訪れた。辺戸岬は人々が本土復帰を願って狼煙を上げた場所であり、沖縄返還に際して「日本祖国復帰闘争碑」が建立された場所である。波間に霞む与論島を見つめながら、その土地に立たねば見えない距離感や風景があることに気づく。

 日曜日、本島中部の読谷村にある日本基督教団読谷教会を訪ねた。ローマ書10章より「聞く耳を持つ」と題して牧師の具志堅篤さんが説教を語った。読谷教会の歴史について具志堅さんに尋ねると、1冊の本を紹介してくれた。渡久山朝章著『一粒の麦』。1987年8月16日、敗戦記念日の翌日に日本基督教団読谷教会から発行された歴史小説だ。沖縄キリスト教史には欠かせない牧師、故・比嘉保彦の少年時代から始まり、太平洋戦争を経て、米軍統治下において人々がたくましく生活と同教会を再建していく姿が描かれている。小説を通して、明治前後から戦後にいたる沖縄のキリスト教について一つの視点が得られるようになっている傑作だ。

 礼拝後、教会の老婦人に話しかけられた。「武器を持つことは人を殺すことです。ここは、戦争の経験者が集まる教会です。愚かなことでも、人は同じことを繰り返すと、子供たちに教えなくてはなりません」。会堂で談笑する人々が、小説に描かれたような過去を持っているのかと驚く。しかし生きて、立て直したからこその今があるのだ。

 戦後70年、返還後43年。世代、地域によって、この言葉に包摂される現実はそれぞれである。現地で見えてきたのは、決して終わったとは言えない戦争の記憶とその継承の問題である。

 沖縄をめぐる他の問題も大きい。「オール沖縄」の支持を背景にした翁長雄志県知事と政府の辺野古をめぐる問題は、沖縄の自己決定という民主主義の根幹に関わっている。ヤマトへの復讐として金とコンクリートを奪う条件闘争から、日米安保の前提を覆す選択も辞さない未経験の戦いへと沖縄が踏み出した。しかし、それは本当に沖縄だけの問題なのか。原発と福島をめぐる経済構造の問題は、基地と沖縄の関係に通底している。地方と中央、互いに違う戦争の記憶、その継承、老人と若者、国際平和と民主主義。これはどれも「私たち」の問題である。帰路、窓を閉め切って高速道路を走る車内に轟音が響く。上空を旋回訓練する米軍戦闘機だ。那覇に着くまでに数回、戦闘機が高速道路の上空を舞う。非日常的な光景だが、これが沖縄の日常なのだ。

 本土へ飛ぶ機内から、紺碧に映えるエメラルドグリーンの美しい亜熱帯の島々が見える。不意に、読谷教会の説教で引用されたイメージが思い出される。

 「いかに美しいことか/山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え/救いを告げ/あなたの神は王となられた、と/シオンに向かって呼ばわる」(イザヤ書52・7)

 戦争の絶えない時代、伝令が持ってくるのは敗戦か開戦の知らせばかりであった。平和を告げる者の姿が、どれほど美しいものだったか、想像に難くない。神が王となるということは、子羊の平和が支配するということだ。神の声、他者の声を聞くことは、「戦後70年」という言葉で一括できない沖縄の歴史と現実の声に聞くことから始まるのかもしれない。

 沖縄には、無教会の系譜にある阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)の平和運動などもある。また伊江島の平和思想は米国の貧困層を経済的徴兵制から守ることまで視野にいれた広がりを持つ。教会は、平和を告げ知らせる島と共に歩めているだろうか。
(写真・文 波勢邦生)

*沖縄キリスト教史については、一色哲氏(帝京科学大学・准教授)の連載「南島キリスト教史入門」(「福音と世界」新教出版社)が詳しい。沖縄の抱える諸問題についての概論的俯瞰は仲村清司・宮台真司 共著『これが沖縄の生きる道』(亜紀書房、2014年)、ベトナム戦争時の沖縄小説は池澤夏樹『カデナ』(新潮社、2009年)を参照。

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