【追悼特集】 シリーズ・21世紀 神学の扉「バルトの神学」 天野有氏インタビュー(下) Ministry 2016年春・第29号

独留学 
いつ帰国してもおかしくなかった

――それでドイツに留学されたんですね。ヴッパータール神学大学5年でドクターをとられたんですよね。まずは外国語の勉強から始めないといけなかったでしょうし、かなり大変だったんじゃないですか?

天野 当時、読むべきものは読んでいて、原書も日本ですでにある程度読んでいましたから、講義もバルトに関するところだけは理解できました。それ以外もどんどん時間が経てば経つほど分かるようになりましたし、クラッパート先生は週に3回くらい、大学に来ていたんですが、ある時期からは先生のカバンを私が持って歩きながら一緒に帰るようになったんです。歩いて20分か25分くらいの距離で、途中、きれいな公園を通るんですが、先生の方から「今日の講義はどうだった?」とかいろいろ質問してくださったりして、こっちもたどたどしく一所懸命感想を言ったり質問したり。先生はこっちに分かるように丁寧に答えてくれて。大事なところになると立ち止まって、私の目をしっかり見つめて話してくれるんです。

 先生がお時間のあるときには、公園のベンチに座って日向ぼっこをしながら話をしてくれたり。そうした貴重な時間が、留学期間中の後半2、3年の間にあったんです。それはありがたかったですね。

――クラッパート先生のもとではどういう研究をされたんですか?

天野 神の国の神学ということで、先生が1992年夏学期にバルト神学の講義をしたんですよ。それが私の博士論文の直接の土台になっています。私のテキストはまさに Das christliche Leben、修士論文のときに書くことができなかったあのテキストですね。和解論の倫理学です。すでにそこでのテーゼを先取りしているのが和解論の三つのキリスト論の構造だし、さらにそれを先取りしているのが1946年の「キリスト者共同体と市民共同体」という、まさにバルトの「教会と国家」論の代表作ですね。バルメン宣言第五テーゼ――バルト自身、特に第五テーゼは文字通り自分が起草したと言っているテーゼですね――の解釈が1946年の講演なんです。

 1946年の夏学期にかつての古巣ボン大学で『教義学要綱』の講義をして、その直後の夏休みにドイツ各地で「キリスト者共同体と市民共同体」という「教会と国家」論を展開して、12年前のバルメン宣言第五テーゼの意味はこうだと。もっと早い時期に、ドイツがこの道を、私が言った意味で歩んでいれば状況はもっと違っただろう、しかし今からでも遅くはない、みたいなことがその講演の最後の言葉なんですが、その1946年の講演と和解論の三つのキリスト論の構造と最後の Daschristliche Leben (『キリスト教的生』)の、特にいちばん最後のパラグラフですね。78節「人間の義を求める闘い」。それらが神の国、「御国を来たらせたまえ!」の具体的な解釈であるということを一応博士論文の骨子にして、あとは日本の状況ということで天皇制を問題にしたわけです。

 天皇制というシステムがバルトの和解論の倫理学から見たときにどう見えて、どう批判され、乗り越えられなければならないかというようなことですね。寺園先生にドイツに送り出されるときに言われたのは「バルト神学で博士論文を書くなら、日本の仏教、浄土真宗といったものとの比較でやったらどうだ」ということでしたから。こっちもまあそういう感じで行ったんですけれども、そうしたらクラッパート先生のバルト理解は「闘うバルト」ですからね。日本にいたときのバルトのイメージと全然違うんです。そういう意味では、方向性はエーバハルト・ブッシュもクラッパートも同じだと思いますけれど、クラッパートに導かれたのはありがたかったなと思いますね。

――ドイツで研究生活をして、日本の教会や日本のイメージは変わりましたか?

天野 日本の教会というよりも、留学生として非常にナショナリスティックな心情が自分の中にもあるというのは理解できましたね。他方、同時期に中国や韓国やミャンマーの留学生とも出会いました。あるゼミでは、クラッパートもいたし、「バルトは社会主義者である」というテーゼで有名なマルクヴァルトと、そういう人たちが主催していたゼミで、東ドイツに近い場所でありました。

 そこにドイツ人の神学生も40〜50人いて、そのなかで一人韓国人の女子留学生もいて、初日の夕、留学生が皆の前で自己紹介したときに彼女が、あの時代、大日本帝国の兵隊から朝鮮半島の人々がどれだけひどいことをされたかということを具体的に語られて、そういうことを自分たちは家庭で伝え聞いているんだという話をされた。それはやっぱり強烈に私の心を刺しました。日本人としてすごくいたたまれないような感じがしましたね。留学生活のさまざまな場面で、「日本人」としての自分をアンビヴァレントな仕方で感じるようなことがいろいろありました。

イスカリオテのユダ論
読むだけでもすごい

――バルトは神学者としてどこが新しいんでしょうか?

天野 やっぱりいちばんバルトの新しいところは予定論でしょうね。イエス・キリストが選ぶ神であり選ばれた人間であるという。選ばれた人間であるというのは伝統的な線ですけれど、選ぶ神ご自身であるというのを包括的に語ったのはバルトが初めてではないでしょうか。

 バルト自身が1968年の亡くなる年かその前年だったか、大崎節郎先生がゲッティンゲンでオットー・ヴェーバーのもとで、バルトの予定論で博士論文を書いてそれをバルトに送っているんですね。それに対する返信の手紙があるんですが、その中で、バルトは、もしかしたら自分が『教会教義学』全巻の中で最も発見者の喜びをもって書いたのは、神の恵みの選びの教説、予定論だと思う、という趣旨のことをはっきりと書いているんです。

 そして選ぶ神であり同時に選ばれた人間である、あるいは有名な予定論のテーゼの一つは、神はイエス・キリストにおいてご自身を地獄へと定めた、そして人間を永遠の至福へと定めた、それが二重予定であると。だからそこから、要するにイエス・キリストの十字架というのはすべての人間に代わって唯一棄てられた人間、選ばれた人間でもあるけれども、唯一棄てられた人間でもあるイエス・キリストを表しているのだと。

 さらにイスカリオテのユダ論を読んだら、福音とはこういうことなんだと。ポジとネガで言えば、イスカリオテのユダに対してパウロが出てきて、しかもイスカリオテのユダも使徒の一人であり続けている。それは新約聖書を通して一貫している。そのユダがイエスキリストを引き渡す。しかし新約聖書は何と言っているか。ユダがイエスを引き渡す以前にイエスがご自身を引き渡したと言っている。いや、それ以前にというかそれと同時に父なる神がみ子イエス・キリストを引き渡したと言っている。新約聖書では、引き渡した本当の主体はみ子なるイエス・キリストだし、父なる神ご自身だと。

 そういう見方でイスカリオテのユダの行為が解釈されて(それによってユダの行為が免責されるわけではありませんが)、その後にもう一人、ユダの場所を埋め合わせるようにしてパウロが来る。だから全然ただのヒューマニズムじゃないんですよね。しかしこれは、ユダにとっても本当に慰めになると思います。聖書はそんなふうにユダを見ているのかと。だからイスカリオテのユダ論たった一つを読むだけでも、バルトはすごいと私は思います。こういう福音を世の中のどれだけの人が必要としていることか。

――予定論はバプテストの基本的な考え方と違うのでは?

天野 予定論にはカルヴァン主義の限定贖罪という線もあり、歴史的にはバプテストもその線にあると思いますけれどね。本当は、バプテストが自分たちの神学的遺産を真剣に考えようと思ったら、カルヴァンの予定論を今このときにどう受けとめるべきか、あるいは批判的に乗り越えるんだったらどうそうすべきなのかということを考えなければいけないと思います。どうぞ知ってください。助けになります。

――牧師にとってバルトは助けになりますでしょうか?

天野 あまりならないと言われたらバルトは悲しむんじゃないでしょうか。私もそれがいちばん辛いですよね。教会の現場にはあまり意味ないよ、ともしも冗談めかしてでも言われたら打ちのめされますよ。やっぱり牧師をやっていこうという、根源的な勇気や喜びを与えてくれると僕は思います。

 私自身は牧師としては挫折した人間ですけれども、現場で苦闘している牧師に対して何ができるかといえば、「バルトをどうぞ知ってください。これを知れば先生の助けになります」と。不遜に聞こえるかもしれませんが、「本当に、牧師をしている喜びをわかっていただけると思います」と。そう言いたいと思いますし、そう言い続けることができるためにも私なりのバルトをお伝えできればと願っています。

(聞き手 平野克己/構成 広末智子/撮影 松谷信司)

天野 有 あまの・ゆう
 1955 年静岡県生まれ。1979年早稲田大学教育学部教育学科卒業。1982 年西南学院大学神学専攻科修了。1982 ~ 1984 年、日本バプテスト連盟 奈良キリスト教会牧師。1991 年九州大学大学院文学研究科博士後期課程中退。1993 年ドイツ・ヴッパータール教会立神学大学にて、ベルトルト・クラッパート教授のもとで神学博士号取得。日本バプテスト福岡基督教会員。西南学院大学神学部教授。2018年10月17日食道ガンのため召天。

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