【日本人のみたキリスト教「今昔」】第1回 「未来にビジョンを」民俗学者・堀 一郎 2020年4月30日

 オリエンス宗教研究所は、1948年以来、カトリック修道会「淳心会(1862年創立スクート会)」が運営する研究・出版団体である。『共同訳聖書』発行で活躍した。またミサの手引き「聖書と典礼」の発行元として知る人もあるだろう。

 本連載は、同所発行の鈴木範久/ヨゼフ・J・スパー共編『日本人のみたキリスト教』(同所、1968年)を手がかりに、社会にある教会の「今昔」を問う。本書の前半部分で、1968年、著名な学者12人が以下四つの質問に答えている。

1.今までに日本のキリスト教とどのような関係があったか?
2.キリスト教が日本社会で果たしている役割とは?
3.日本でのキリスト教低迷の原因とは?
4.今後、日本のキリスト教の課題は?

 半世紀以上前に語られた「外側からみた日本のキリスト教」という提言、またそれに伴う問いかけに、いま次世代の教会はどのように答えられるだろうか。

第1回 民俗学者・堀一郎(1910~1974年)

 堀一郎は、日本民俗学の碩学だ。特に「民間信仰」を概念化し、名指したその業績は多くの人の知るところである。

 堀本人によれば「1.キリスト教との関係」は、浄土宗の家に生まれ、小学1年生のころに「キリスト教の日曜学校に出席した経験」があるが、教派の名は覚えていない。しかし、結婚後、妻の姉がカトリックであり、姪の一人が修道女となった。特に宮城県・米川村での多数のカトリック改宗者に関して調査を行った。

 「2.キリスト教が日本で果たした役割」は、「近代化への貢献」であり、特に賀川豊彦の実践が挙げられている。

 キリスト教「3.低迷の原因」については、日本のみ特有の現象ではなく、イスラム教や仏教などのユニバーサルな宗教がすでに定着している地域では同様である。また仏教でさえ「神道的なものへの少なからぬ傾斜」があったと、堀は指摘している。

 引用して要約すれば、「土地の種々な民間信仰的なものを習合して成立」していく日本のキリスト教が「境界をどこに置くかは大きな課題となる」「家を中心とした共同体のまつりとして宗教が考えられている」社会的現実が、キリスト教の受容を阻んでいる。そこに「コミュニティーの宗教として、宗教をみる考え方と、個人の宗教としてそれをみるキリスト教の考え方との差異」がある。

 また「4.今後の課題」については、こう語る。「キリスト教独自のものが、十分生かされていないのではないでしょうか。単に古代のままのメシア待望では駄目ですし、また現世利益のレベルで民衆の要求に応えるのでもなく、民衆が未来のビジョンのために生きがいを見いだすような、強く訴えるものが必要」だ。

 50年以上たって、なお当たらずとも遠からず。痛い指摘もあるのではないか。一方、堀が調査したような「農村」は現在ではほとんど残っていない。人口の大半は都市部の住民であり、「家の宗教」という意識は当時に比べるとかなり薄くなっているのではないか。

 堀は、循環的な日本の歴史観には存在しないもの、つまり「キリスト教の独自性」は直線的な歴史観、未来を構想する力だと指摘する。社会福祉は怠らない。しかし現世利益に偏り過ぎない。そんな「未来」を構想する力を、私たち「日本のキリスト教」である一人ひとりは持ち得ているだろうか。

 20年後、50年後、100年後の「この国のかたち」への具体的な想像力とプランは、神の約束と御手にある未来を信じる教会にこそ、発信できるのかもしれない。科学技術と文学に遜色のない「希望」の提示という堀一郎の問いかけに、あなたはどう応えるだろうか。例年にない不穏な復活祭の向こう側、教会はどんな「未来にビジョンを」掲げているのだろうか。

文・写真 波勢邦生/編集部

【日本人のみたキリスト教「今昔」】第2回 「他を見て自己を知れ」宗教哲学者・藤田富雄 2020年5月27日

本文引用は、鈴木範久/ヨゼフ・J・スパー共編『日本人のみたキリスト教』より

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