緊急寄稿【東アジアのリアル】 香港の牧師・神学者らがバルメン宣言模した「香港2020福音宣言」を発表 松谷曄介 2020年6月25日

 現在、中国政府が推し進めている「香港国家安全維持法案」は、今月末に開かれる全国人民代表大会常務委員会での審議を経て、早ければ今月内に成立の可能性があると報じられている。「一国二制度」により維持されてきた香港の自由が脅かされつつある中、こうした状況に危機感を抱く香港のプロテスタント教会の牧師・神学教師たちにより、かつてのドイツ告白教会の「バルメン宣言」に倣った「香港2020福音宣言」(全文は下記)が起草・発表され、波紋を呼んでいる。

 第二次世界大戦中のナチス・ドイツ政権下において、事態を憂慮した牧師たちにより牧師緊急同盟と告白教会が結成され、そこで起草された「バルメン宣言」に依拠してドイツ教会闘争が繰り広げられたことは周知の通りだが、当時のドイツの危機的状況と現在の香港をめぐる諸々の状況を重ね合わせるようにして危機感を抱いた牧師・神学教師たちが、今年5月26日に「香港牧師・神学教師ネットワーク」(中国語:香港教牧網絡、英語:Hong Kong Pastors Network)を結成し、同日、「香港2020福音宣言」を発表したのだった。

「香港牧師・神学教師ネットワーク」のロゴは、香港のランドマークである「獅子山」(Lion Rock)を基調としているが、獅子はキリストの象徴でもある(ヨハネ黙示録5:5)。山の背後には、希望を象徴する光が描かれている。またロゴの真ん中には、キリストを表すギリシア文字の「X」があり、香港はキリストが治めておられる街であることを意味している。

 同宣言は、六つの信仰命題からなっている。

・第一項 イエス・キリストこそ、福音そのものである。
・第二項 イエス・キリストこそ、教会の唯一の主である。
・第三項 教会は、福音を宣べ伝える証人の共同体である。
・第四項 教会は、真理の柱また土台であり、虚偽を拒絶し、真理を堅く守る。
・第五項 霊性と行動は、不可分である。
・第六項 教会は、暗闇の時代にあって光の子である。

 同宣言の起草者20人の中には、袁天佑(エン・テンユウ、元香港キリスト教協進会〔協議会〕議長、元香港メソジスト教会会長、引退牧師)、陳恩明(チン・オンメイ、基督教豊盛生命堂顧問牧師)、王少勇(オウ・ショウユウ、基督教会活石堂牧師)、楊建強(ヨウ・ケンキョウ、カンバーランド長老教会香港中会牧師)、胡志偉(コ・シエイ、香港教会更新運動、総幹事、牧師)、王家輝(オウ・カキ、中華基督教会香港区会牧師、崇基学院神学院チャプレン)といった著名な牧師たち、また邢福增(ケイ・フクゾウ、香港中文大学・崇基学院神学院院長、副教授)、孫宝玲(ソン・ホウレイ、台湾神学院教授、元香港バプテスト神学院教授)、羅秉祥(ラ・ヘイショウ、香港バプテスト大学・文学院副院長、教授)、趙崇明(チョウ・スウメイ、香港神学院、教授)など有力な神学校の神学教師たちも名前を連ねている。同宣言発表後、2日間で約3000人の賛同署名が集まり、現在まで約4000人(牧師・神学教師548人、信徒3475人)に賛同を広げている。

 6月25日現在、香港国家安全維持法案の概要しか明らかにされていないが、国家分裂、国家政権転覆、テロ活動、また外国勢力と結託して国家安全に危害を加える行為に対する処罰が盛り込まれる見通しとなっている。中国大陸においては、2018年12月に四川省成都の家庭教会(非公認教会)・秋雨之福聖約教会が大規模取り締まりにあい、同教会の王怡(オウ・イ)牧師が「国家政権転覆扇動罪」の容疑で逮捕・拘束され、翌2019年末に懲役9年の実刑判決が出された事例がある。「信教の自由」や「政教分離」の原則よりも「国家安全」が何よりも優先されるような同法案が成立すれば、今後、香港において民主化運動に参与している牧師・神学教師・信徒などのキリスト者も、王怡牧師と同様の容疑で逮捕・拘束される可能性も否めない。香港教会は今まさに、重大な局面を迎えており、「信仰告白的状況」に直面していると言えよう。

 とはいえ、かつてのドイツ教会が一枚岩ではなかったように、香港教会内にはさまざまな立場の相違があるのも事実である。中国政府・香港政府を支持する教会指導者・信徒も少なからずおり、例えば中国人民政治協商会議全国委員会委員でもある香港聖公会の鄺保羅(コウ・パウロ/ポール・クウォン)大主教は、この法案への支持を表明している。また教会は政治に対して中立であるべきとの考えから、こうした問題に対しては沈黙を守るキリスト者もいる。そのような中にあって、「香港2020福音宣言」に賛同するキリスト者たちが、今後どのような信仰的・神学的戦い・抵抗を繰り広げていくのか、また政府当局がこうしたキリスト教会の動きにどのように対処していくのか、注視していく必要がある。

 同宣言の発表と同時に出版された小冊子には、同宣言全文に加えて、「『香港2020福音宣言』の発端と主題」「天国の福音は、個人の魂の救いだけの問題か」「天国の福音と、社会・政治に対する関心は、なぜ関係があるのか」「政教分離とは何か」「教会は政治的権力に服従するのみで、抵抗すべきできないのか」の5篇の文書も付されている。また香港牧師・神学教師ネットワークの公式ホームページから、同宣言の英文、また同宣言の宣伝動画(中国語・英語字幕付き)が視聴可能である。

「香港牧師・神学教師ネットワーク」公式ホームページ:https://hkpastors.net/

「香港2020福音宣言」動画(中国語・英語字幕付き)

2020年5月26日、「香港2020福音宣言」の起草者である4人の牧師・神学教師によるネット配信対談。当日の対談企画のタイトルは「バアルに身を屈めず、バルメン宣言を再考する!香港は『バルメン宣言』を必要としているか?」。香港牧師・神学教師ネットワークFacebook掲載動画より転載。

「香港教牧〔牧師・神学教師〕ネットワーク」の前身組織「香港キリスト教・教牧連署準備委員会」。同委員会は、2019年6月13日、逃亡犯条例案反対運動の中で、政府の暴力的鎮圧に対して抗議声明を発表した。前列右から袁天佑牧師、胡志偉牧師、王少勇牧師。香港のキリスト教メディア『時代論壇』より転載。

 以下、同宣言全文と付記文書の一つの日本語訳(松谷曄介訳)。


「香港2020福音宣言」(全文)

第一項 イエス・キリストこそ、福音そのものである。

 イエス・キリストは救い主、王であり、そして福音の土台である(マルコによる福音書1:1)。この福音は、神の国の到来と現臨、また罪と悪の闇の力に対する勝利を宣言し、それによって世界のすべてのものに変革をもたらす。したがって、福音は、単に死後における個人の魂の救いに関するものではなく、御国の到来、世の闇の根絶、悪の権威の打倒に関するものである。この福音は、今ここにある世の命を配慮し、癒し、保護するものであり、また人類の政治的解放と社会的配慮にまでおよぶ、具体的で行動的、かつ全包括的なものである。

第二項 イエス・キリストこそ、教会の唯一の主である。

 教会はキリストの体であり、頭(かしら)であるキリストに連なり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場である(エフェソの信徒への手紙1:23)。したがって、教会は、最終的には、地上のいかなる政治的・経済的支配者や権力者に服従するにもまして、天の御国の王であり救い主であるキリストのみに服従し、忠実でなければならない。教会はこの世のいかなる権力にも依り頼んで存続を図ってはならず、またそれらによって支配されてはならない。特に、経済発展が他のあらゆることよりも優先されてしまいがちな香港社会において、教会は歴史を鑑とし、すべての偶像を拒否しなければならない。教会は、主イエスの「あなたがたは、神と富(マモン)とに仕えることはできない」という教えと、「十戒」第一戒「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」という御言葉を心に刻み、これに生きなければならない。教会はイエス・キリストのほかに救いはないことを、確信するからである。

第三項 教会は、福音を宣べ伝える証人の共同体である。

 イエス・キリストと神秘的に結合された体としての教会は、この地上において、イエス・キリストの真の証人となる(マタイによる福音書5:13~16)。したがって、教会は自らの内部発展ばかりを追い求め、安定・安心・繁栄を貪ってはならない。むしろ教会は、イエス・キリストに従う群れとして、その模範に倣い、貧しき者の中に住み、迫害される者と共に歩み、助けを必要とする者に手を差し伸べるべきであり、悪の力による迫害や十字架を背負う苦難を恐れるべきではない。教会は行動によって、イエス・キリストの模範に従うのである。

第四項 教会は、真理の柱また土台であり、虚偽を拒否し、真理を堅く守る。

 事実を歪曲し、メディアをコントロールし、真理を埋没させる全体主義統治に直面するとき、教会は、あらゆる虚偽を拒否し、政治権力が犯した誤りを勇気をもって指摘する。教会自身は真理そのものではないが、しかし偽りなき良心をもってイエス・キリストの聖なる御言葉に従い、常に聖霊の声に耳を傾け、謙遜に自らを絶えず新たにし、事実を見究め、真理に生きる(テモテへの手紙一3:15)。

第五項 霊性と行動は、不可分である。

 主イエス・キリストは、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」と言われた(マタイによる福音書25:40)。教会とイエス・キリストとの関係は、「キリストに従う」という教会の行動に基づいている。したがって、教会の霊性と行動は、分かつことができない。教会の祈りと具体的な行動は結びついており、行動は祈りの実践であり、祈りは行動の基礎である。教会の祈りと行動は、決して止むことがない(テサロニケの信徒への手紙一5:17)。

第六項 教会は、暗闇の時代にあって光の子である。

 聖書は「夜は更け、日は近づいた」と告げている(ローマの信徒への手紙13:12)。教会がこの世に存在する目的は、まさに、この暗闇と来るべき日のはざまにおいて、証人となること――すなわち、絶望のあるところに希望をもたらし、不正のあるところで正義を擁護し、憎しみのあるところに愛を広め、虚偽のあるところに真理を追求し、傷つき痛むところを包み癒し、暴力のあるところで犠牲をいとわないことである。教会は神の国を待ち望み、その到来のために祈る。教会は、力の限り、神が人間に賜った尊厳と自由を擁護し、生命を守り、香港人と共に歩み続け、平等・正義・愛という神の国の価値を香港において具体的に示さねばならない。

「香港2020福音宣言」の発端と主題

 「香港2020年福音宣言」は、2019年6月の逃亡犯条例改正案反対運動に端を発し、香港の牧師や神学教師などが共同して起草したものである。信仰宣言とは、キリスト者の群れが、その時代の危機に直面する中で言い表す信仰告白でもある。かつて第二次世界大戦中に出されたドイツ告白教会の「バルメン宣言」と同様に、「香港2020福音宣言」の起草目的は、決して新しい教義を言い表すことではなく、むしろ教会の群れのために、古き信仰がこの時代にもっている意義を、新たに宣言することである。行動は信仰から始まり、信仰は告白に基づく。時代の巨大な車輪に直面する時、キリスト教会は、自らの福音信仰を改めて明確にする必要がある。

 「香港2020福音宣言」は、香港教会の歴史的な一里塚である。香港教会のこれまでの発展を省みると、1950年代に中国大陸から多くの宣教師が香港にやってきて、教会の急速な成長を導いた。福音を宣べ伝え、伝道し、教会を建て、著しい発展を遂げ、香港は世界の華人教会の重要な中心地となった。しかし、1997年に中国大陸に返還されて以降、全体主義的統治の圧力が日増しに強まり、今や香港のキリスト者は、いかにして福音信仰を守り通せるかという大きな課題に直面しており、洪水に呑み込まれないためには、一刻の猶予もない。

 「香港2020福音宣言」は、主に六つの信仰命題からなっている。

第一項 イエス・キリストこそ、福音そのものである。
第二項 イエス・キリストこそ、教会の唯一の主である。
第三項 教会は、福音を宣べ伝える証人の共同体である。
第四項 教会は、真理の柱また土台であり、虚偽を拒否し、真理を堅く守る。
第五項 霊性と行動は、不可分である。
第六項 教会は、暗闇の時代にあって光の子である。

 この宣言の冒頭は、イエス・キリストを第一とすること、すなわちイエス・キリストこそが福音の源であり、さらにはキリスト教会のあらゆる信仰告白の土台であることを宣言している。この確信の下にあって、「イエス・キリストは主である」〔という告白〕は、永遠に香港教会の行動の基礎である。「イエス・キリストは主である」〔という告白〕は、教会に対して、社会における自らの本分が何であるかを明確にする必要があることを喚起する。特に全体主義的な権力の統治下において、香港教会は自らの福音の使命を改めて省み、独特な社会・政治情勢下において、イエス・キリストを証しする群れとならねばならない。

 同宣言の後半の三項の言葉は、この時代における香港教会の具体的行動について述べている。すなわち、教会は真理の柱また土台としてキリストの御足の後に従い、祈りにおいて虚偽を拒絶し、真理を擁護し、霊性と行動とをもってキリストに従うという本分を果たし、キリストの聖なる御言葉と聖霊によって絶えず新たにされ、暗闇の中にあってもなお、力を尽くして光の子として歩み続けるのである。

 イエス・キリストの真の光が香港教会を照らし、揺れ動く乱れた時代にあっても、〔香港教会が〕福音と真理をたずさえ、時代の困難の中を歩み続けることができるように。アーメン

松谷 曄介
 まつたに・ようすけ 1980年、福島生まれ、国際基督教大学、北京外国語大学を経て、東京神学大学(修士号)、北九州市立大学(博士号)。日本学術振興会・海外特別研究員として香港中文大学・崇基学院神学院で在外研究。金城学院大学准教授・宗教主事、日本基督教団筑紫教会兼務教師。専門は中国近現代史、特に中国キリスト教史。

【東アジアのリアル】 中国と香港における「栄光」のゆくえ 松谷曄介 2020年6月1日

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