【ヘブル語と詩の味わい③】 「散文と詩文」「詩篇103:1」 津村俊夫(『新改訳2017』翻訳編集委員長・聖書神学舎教師)

<< 散文と詩文 >>

 ヘブル語の詩を味わうためには、「並行法」という詩行分析(poetic scansion) の技巧に通じていることが大事である。通常、散文(普通の文章)では、ある一つの思想を表現するのに一つの「文」が用いられ、文を構成する節・句・語などの間の関係が「水平的な文法」(horizontal grammar) で説明される。

 一方、詩の文法では、一つの文が散文のように文末で区切られたのちに、更に二つ以上の詩行に分節される。そしてこれらの詩行が並記され、その結果上下の詩行間に「垂直的な文法」(vertical grammar) 関係が生じるー「水平」「垂直」は横書きにした場合を基準にしている。縦書きの場合は逆-。このような詩の文法は、散文の場合とは違い、二重の分節 (double segmentation) の結果として存在する。

 例えば、日本語で、「江戸の神田神保町で火事があった」という散文は、「江戸は神田、神田神保町、そこで火事があった」(a-b / b-c / c’-d) と、「神田」(b)を繰り返し、「そこで」(c’)を補うことによって詩的な表現になる。並行法を特徴とする詩文では、さらに、1行目と2行目の語順が逆になったり(a-b // b’-a’)、一部が省略され、別の要素が加わったりする(a-b // c-a’)。例えば、英語の Cherry Tree Carol は、

          Joseph was an old man

          and an old man was he.

という並行法の詩で始まる。

 

<< 詩篇103:1 >>

本節1行目の「わがたましいよ をほめたたえよ。」は、それ自体では散文であるが、対応する2行目との関係において、詩行として機能している。ヘブル語本文の語順が透けて見えるように訳せば、

 

 ほめたたえよ(a)。わがたましいよ(b) を(c)

 私のうちにあるすべてのものよ(b’) 聖なる御名を(C’)。 

    C’は「バラスト・バリアント」=安定変形=(第2回参照)

 

となる。少し日本語らしい語順にして訳すと次のようになる。

 

 わがたましいよ(b) を(c) ほめたたえよ(a)。

 わがうちにあるすべてのものよ(b’) 聖なる御名を(C’)。  

 

邦訳では、2行目に動詞「ほめたたえよ」(a) が省略 (ellipsis) されていると考えて、

 

 わがたましいよ(b) を(c) ほめたたえよ(a)。

 私のうちにあるすべてのものよ(b’)

 聖なる御名を(C’) ほめたたえよ(a)。(新改訳2017)

 

 私の魂よ、主をたたえよ。 

 私の内なるすべてのものよ

  その聖なる名をたたえよ。(協会共同訳)

 

と、あたかも三行からなる詩のように訳されている。2行目の訳文がレイアウト上一行に収まらない(新改訳の場合最大22文字)ので、三行に分けて訳し、3行目に「ほめたたえよ」(a)を補っていることが分かる。協会共同訳は、3行目が2行目の続きであることが分かるようにレイアウトに工夫をこらしている。

しかし、動詞(a)は原文では1行目に出てくるだけである。2行目でそれが省かれていると考えるのが良いか、二行全体にそれが関わっている(または、支配している)とするか、2行目に「垂直的に」も関わっており、双務の働き (double-duty) をしていると考えるかで、意見が分かれる。

ここで、1行目の「わがたましい」(b) と2行目「わがうちにあるすべてのもの」(b’)は同一指示 (coreferential) であって、詩人は自らに対して命じる。また「ほめたたえる」(a) の対象も、同一指示である「」(c) と「彼の聖なる名」(C’) である。ヘブル語本文で、動詞が二行詩の冒頭にあることを考慮すると、「ほめたたえよ」という動詞はその後の並行法全体にインパクトを与えていると考えるのがよい。しかし英訳でも、JPS(ユダヤ教出版会)の

 Bless the LORD, O my soul,

            all my being, His holy name.

以外は、全て、

            Bless the LORD, O my soul,

                       and all that is within me,

                       bless his holy name! (ESV)

のように、二行目に動詞 (“bless”など)を補っている。

多くの翻訳において2行目にも動詞を復元するのは、詩を散文的に読んでいるからかもしれない。さらに、本節は次節との繋がりで読む必要がある。

 

 つむら・としお 
1944年兵庫県生まれ。一橋大学卒業、アズベリー神学校、ブランダイス大学大学院で学ぶ。文学 博士(Ph.D.)ハーバード大学、英国ティンデル研究所の研究員,筑波大学助教授を経て、聖書神学舎教師。ウガリト語、 旧約聖書学専攻。聖書宣教会理事、聖書考古学資料館理事長。著書に『創造と洪水』『第一、第二サムエル記注解』など。

 

連載一覧ページへ

連載の最新記事一覧

TO TOP