【夕暮れに、なお光あり】 不良少年、恵みにより 細川勝利 2022年2月1日

 いじめが自殺の要因として社会問題化して久しい。しかも家庭や会社、さらに小生など高齢者間でもいじめは頻発する。いじめはアダム、エバの罪のなすり合い、カイン、アベルの弟殺しにあるように、人間の罪に由来する。いじめのニュースを聞くと今も胸が疼くのは、小生にもいじめをしていた過去があるからだ。

 小生は香川県善通寺市の「水呑み百姓」の子に生まれたため、豊かな家の子に嫉妬し、いじめていた。ある時、担任が激怒し小生を隣のクラスの教壇に机を置き、3日間授業を受けさせられた。軍隊上がりの担任にはよくビンタを食らったものだ。中学では新卒の女性教師を苦しめ、毎日のように職員室に呼ばれ、時には校長室にも立たされた。高校でもバスケット部を1週間で退部させられたり、停学寸前にも何度もなった。他方で貧しいながら両親、二兄二姉に愛され「なぜ僕は愛されるのか」と悩んだことを思い出す。

 こんな小生だが、小1の時から家の前にできた四国キリスト教学園(現:四国学院)で福音と聖書と教会に触れ続けていた。高卒後は東京で浪人生活を送り、深夜放送で福音を聞き、紹介された教会に通い、1963年、キリスト者学生会のクリスマスで信仰に導かれた。その年、主の促しにより、かつていじめた友人たちに謝罪の手紙を書いた。だが急に良き信者になれるわけもなく、いじめの習慣は教会でも続き不良信者そのものであった。あることをきっかけに、そんな小生に牧師は「出ていけ」と命じた。年月が経ち、私も牧師の道を歩むことになったのだが、その牧師に謝罪をせずに歩みを続けたことが私を長年苦しめた。牧師になり約10年、ようやくその牧師に謝罪の手紙を書くことができた。そして同じころに苦しめていた教師たちを訪ねる謝罪の旅をした。

Image by David Mark from Pixabay

 既述のいじめ、罪はほんの一部ですべてを書くには紙面が足りない。そのいじめっ子は、種々の難病で霊肉はボロボロにされつつも1972年から50年間牧師を続けた。その間、日本だけではなく欧米の日本語教会で留守番牧師としての奉仕、地方の無牧教会で牧師招聘のための奉仕に与ることが許された。これらすべては主の憐れみ、そして良き教師、友たちの愛ゆえだと思う。

 元いじめっ子にも、コロナ禍でたいへんな中、海外からも含め小生より高齢の恩師、先輩が、病を気遣って励ましの電話やメールをくださる。こんな罪人であり病人でも主の愛によって生かされていることを感謝し、同じく病んでいる友に励ましのひと言でも送り、小さな愛に生きたい日々である。

 「神の恵みによって、今の私があるのです」(コリントの信徒への手紙一15:10)

 ほそかわ・しょうり 1944年香川県生まれ。少年時代いじめっこで親、教師を困らせる。東京で浪人中63年キリスト者学生会(KGK)クリスマスで信仰に。聖書神学舎卒後72年から福音教会連合浜田山キリスト、北栄キリスト、那珂湊キリスト、緑が丘福音、糸井福音、日本長老教会辰口キリスト、パリ、ウィーン、ブリュッセル、各日本語教会で牧会。自称フーテン僕使。ただ憐れみで今日に至る。著書に『落ちこぼれ牧師、奮闘す!』(PHP出版)、『人生にナイスショット』(いのちのことば社)など。

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