【映画評】 ルーシの呼び声(1)『ひまわり』『親愛なる同志たちへ』『金の糸』『潜水艦クルスクの生存者たち』 2022年4月16日

 この春、ウクライナやロシアを舞台とする映画が相次いで公開される。直近のウクライナ情勢を受け日本公開、日本再公開が急遽決まった作品も少なくない。本稿では、うち4作品をまず扱う。これらのうちに見出されるウクライナ的なるもの、ロシア的なるものの今日像は、いまこの瞬間にも更新されゆく報道から浮かびあがる両国イメージとは自ずと異なる。そこに覗くのは、東西文明の狭間に位置して西洋の覇権国を自認してきたロシアの、20世紀ソヴィエト期を突き抜けてひび割れた自己像と、黒海北岸のステップ草原に独立自尊の気風を育んできたウクライナ的自意識との、互いに親しくそして峻烈なる対峙構図である。

 言わずと知れたイタリア映画の名作『ひまわり』では、第二次世界大戦期ファシズム政権下のイタリアからソ連へと出征し行方不明となった夫を探し、終戦後に鉄のカーテンを超えて妻が旅する。映像と音声が鮮明にデジタル再処理された50周年HDレストア版として現在、全国順次公開されている本作、殊にソフィア・ローレン扮するヒロインがウクライナのひまわり畑へと分け入る場面は、咲き誇る黄色い花々の生命力に圧倒される。冷戦突入後、西側の映画製作者が初めてソ連圏でロケーション撮影したことでも知られる1970年公開の本作では、60年代フルシチョフ期の〝雪解けの季節〟への背景説明や、モスクワ・クレムリン広場でレーニン廟に並ぶ人々の列や国営地下鉄の雑踏など、半世紀後の今だからこそ見応えのある場面が数多い。しかし最大の見どころはやはり、ひまわり畑を中心とする後半のウクライナ描写だろう。

 ヒロインはモスクワの地下鉄駅で、イタリア人の素性を隠しロシア人として暮らすひとりのビジネスマンと知り合い、彼の案内でウクライナへおもむき夫の足跡をたどるなか、ひまわり畑である農婦に出会う。農婦は彼らを、背たけほどの高さにひまわりが生い茂る畑のただなかに建つ白亜の墓碑へと連れてゆき、ささやくように語りだす。

ここにイタリア兵とロシア兵が埋まっています。
ドイツ軍の命令で穴まで掘らされて。
ご覧なさい。ひまわりや、どの木の下にも麦畑にも、
イタリア兵やロシアの捕虜が埋まっています。
そして無数のロシアの農民も。老人、女、子供……

 ここでは農婦の語りに併せ、陰惨な戦場や苦しむ人々を写した粗いモノクロ画像がひまわり畑に重ねられる。白黒とひまわりの黄色とのコントラストが鮮烈なこの場面が撮影されたのは、長らくウクライナ南部ヘルソン州とされてきた。しかし最近、モスクワ支局駐在経験のある茶園昌宏NHKディレクターの調査により、本当の場所は中東部の都市ポルタワ近郊のチェルニチー・ヤール村であることが明かされた(*1)。当該のルポによれば、現実に多くのイタリア将兵が飢えと病により落命したその地名が公開されることを当時のソビエト指導部が拒んだため、南部ヘルソン州へと置き換えられたのだという。新たに知られたこの事実と、ひまわり畑での農婦の台詞とを考え併せたとき、想い起こされるのは映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』でも描かれた、ホロドモール(ウクライナ大飢饉)の惨劇だ。

【映画評】 敵対と猜疑のゆくえ 再監獄化する世界(2) 『誰がハマーショルドを殺したか』『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』『オフィシャル・シークレット』『ジョーンの秘密』『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』『ソニア ナチスの女スパイ』 2020年8月28日

 映画『ひまわり』では、ひまわり畑の場面に前後して、隣接する丘陵地に設えられた広大な墓地を映しだす。外皮もそのままの木材を組んだだけの粗雑な十字架が、視界の果てまで無数に並ぶ光景は異様で、そこに眠る人々を害したのは「ドイツ軍」、すなわちナチスドイツの蛮行だと農婦は語る。今の視座からふつうに考えるならしかし、これは筋が通らない。第二次大戦期におけるイタリア・ロシア戦域軍にとってナチスドイツは友軍であり、イタリア兵がその捕虜になるとしても連合国への降伏と対ナチスドイツ宣戦以降でなければならず、宣戦した頃にはソ連軍がすでにウクライナを奪還し、戦場はポーランドへと移っている。したがって映画の製作協力者であったソ連政府への見かけ上の配慮とは裏腹のメッセージが、この農婦の台詞には仄めかされていると考えられる。現実に大戦時イタリア将兵が飢えと病により落命したのはソ連軍の捕虜となったあとの出来事であり、捕虜の餓死という事態を看過する、というよりも敢えて招来する措置をとるのはホロモドールにも通じる、スターリンに代表されるソビエト指導部の常套手段であった(*2)。

 そしてまさに、本作監督ヴィットリオ・デ・シーカのこうした仕掛けによってこそ、映画『ひまわり』はこの21世紀にも今日性を獲得する。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの駆けるウクライナの大地が、いま再び戦場と化した大地が挽歌を唄う。表層の御託すなわち掲げられる建前の空虚に対し、地の放つ歌声はただひたすらに圧倒的だ。

どの穀物庫も、どの穀物束も、
強く、ぎっしりつまり、賢明だ――生きた財産だ。
民衆の奇跡だ! 生命よ、大きくあれ!
めぐりめぐるは軸の幸せ!
(マンデリシターム「頌歌」)

 『親愛なる同志たちへ』はソ連期の1962年、ウクライナ東部国境にもほど近いロシア南西部の工業都市ノボチェルカッスクで起きた労働者蜂起と軍隊による虐殺劇を描く。市井の生活者にしてスターリン信奉者の女性リューダを主人公とし、コサック精神が気配として残る街を舞台とする設定の巧緻や、モノクロームで表現されるソビエト街区の哀愁美、沸点へ徐々に近づく前半の遅い展開を怒涛の終盤へ活かす構成が光る。

 対外的には軟化の姿勢を示しながらも、実態的にはスターリン時代の社会構造を引き継ぎ食糧不足と物価高騰にあえぐフルシチョフ政権下、ノボチェルカッスクの機関車工場で大規模なストライキが起こる。事態を重くみた政権は外部との情報連絡を遮断のうえ鎮静化を図る混乱のもと、主人公リューダはストライキへ共感する娘の行方を探し奔走するなか、ある真実を目撃する。

 本作監督は、2020年の製作時84歳であった巨匠アンドレイ・コンチャロフスキーである。ソビエト政権崩壊以前に多くの代表作をもつ彼による、共産主義時代の計画経済下に工業都市を生きた人々への眼差しには溢れるような愛惜を感じてやまない。その生き生きとした人物造形や労働者蜂起が放つ熱気と、銃器を使用し鎮圧を図る軍隊の冷たく無機質な存在感とのギャップはそのまま、今日のロシア政府に代表される権威主義的体制の振る舞いや、ウクライナにおける弱者/強者の対立構図へと当てはまる。

 『金の糸』は、主人公である作家エレネが過ごす79歳の誕生日当日を描く。ふと襲う寂寥、過去の影、想わぬ邂逅。91歳の女性監督ラナ・ゴゴベリゼの新作に、スターリンの大粛清で父を奪われ、母を極寒の収容所へ送られた監督自身の軌跡が凝縮される。首都トビリシ旧市街の片隅にたつ、伝統的で瀟洒な木造集合住宅の佇まいも薫る重厚作だ。

 ロシアと国境を接し、ウクライナとも黒海を共有するジョージアを製作国とする本作では、主要登場人物のひとりにミランダというかつてソビエト高官であった女性がいる。その懐古的でありながら権威主義的な佇まいに、『親愛なる同志たちへ』主人公女性リューダのみせる頑なさが想起された。『金の糸』のミランダは、かつて自らのなした政治的判断が多くの人生を狂わせたことが暴かれると、あたかも精神が崩壊した痴呆状態へと陥ったかのように町をさまよいだす。
 
 『親愛なる同志たちへ』の主人公リューダは、スターリン主義に基づく信念に揺らぎが生じだすと、神へ祈る。平時には機能していた共産党市政委員会メンバーの特権も無意味化し、なす術なく両掌を併せ神へ祈るリューダの姿は、共産主義思想こそ信仰の対象であったその時代をよく象徴する。他方、『金の糸』で老いたミランダがさまよう朽ちかけた建物や古びた路地の逐一は、権力者として地域へ君臨した往年の栄光を蘇らせ彼女の視界をゆがめる。その様は、いまや失効して久しいイデオロギーという亡霊の声を聴くようでさえある。

 『潜水艦クルスクの生存者たち』は、2008年に北極圏のバレンツ海で沈没した原子力潜水艦を描く。米国と対抗する覇権国家としての振る舞いに不可欠の原潜の整備にすら物資・人員に事欠くロシア軍の内情が赤裸々に描かれる本作は、ソ連末期から時間が止まったかのような錆びついた港湾都市ムルマンスクの諸相や、艦内の古めかしい木製内装なども大きな見どころだ。強面イメージのフランス人俳優レア・セドゥが夫の帰港を待つ妊婦へ扮し、ロシア官僚制に救助を拒まれる米国司令の苦渋顔を名優コリン・ファースが演じるなど、製作を務める名匠リュック・ベッソンの采配が各所に冴える。

 子どもたちが野を駆けて丘に登り、出港する潜水艦クルスクを誇らしく見送るシーンに、広島の原爆投下とともに軍港の街・呉を描く片渕須直監督作『この世界の片隅に』の軍艦描写が想起された。前回の戦争からすでに75年を経ている日本の映画でこうした描写は過去への郷愁とともに描かれがちだが、ロシアを舞台とするアメリカ映画では当然ながら強烈な今日性をもって描かれる。それはプーチン政権による今般のウクライナ侵攻をめぐっても恐らく変わらない。実は筆者は3年前の世界公開時に本作を海外で鑑賞したが、観客にある種の倫理的態度が求められるとするならば、そのありようはこの1カ月で大きく変貌したと言わざるをえない。

 報道は、わかりやすく惨劇のイメージや被害の数値を可視化する。戦争であれ事故や疫病であれ、そこには無数の人々の暮らしがあり決断や行動がある。報道に載るイメージや数値と比べ遥かに見えにくいそれらこそ、しかし私たちが真に眼差すべきものであるはずだ。表現の力はこの際、大きな助力となる。拙速に解答を与える役割を映画に求めた途端、それは単なるプロパガンダへと堕すことを私たちはすでに知っている。しかし同時に、その投影物の奥向こうに不可視の相貌を忍ばせ、時空を遠てた幽かな声を響かせ得るものであることも。ここでは「ルーシの呼び声」と題し、以降複数回に分けウクライナとロシアおよびその周辺の近作映画群を軸として、いまこの瞬間にも進行する紛争の底に響く声を聴きとり、そこに横たわるリアルへの漸近を試みたい。

 地上の悪という悪、あたしたちのこうした苦しみが慈悲の海に浸されて、その慈悲が全世界をおおい、あたしたちの生活がまるで愛撫のように穏やかな、やさしい、甘いものとなるのを目にするの。あたし信じているわ、そう、信じてるの……。かわいそうな、かわいそうなワーニャ伯父さん、泣いていらっしゃるのね……。伯父さんは人生の喜びを味わうことはなかったのよね。でも、もう少しの辛抱、ワーニャ伯父さん、もう少しの辛抱よ……

(チェーホフ「ワーニャ伯父さん」)

(ライター 藤本徹)

『ひまわり』 “I girasoli” “Sunflower”
公式サイト:http://himawari-2020.com/

『親愛なる同志たちへ』 “Дорогие товарищи!” “Dorogie Tovarischi!” “Dear Comrades!”
公式サイト:https://shinai-doshi.com/

『金の糸』 “ოქროს ძაფი” “Okros dzapi” “Golden Thread”
公式サイト:https://moviola.jp/kinnoito/

『潜水艦クルスクの生存者たち』 “Kursk”
公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/kursk/

いずれも全国順次公開中。

予告:次稿では、4月23日公開作『インフル病みのペトロフ家』、5月6日公開作『チェルノブイリ1986』、ウクライナ映画人支援緊急企画他を扱います。

*1  映画「ひまわり」ロケ地を取材 見えてきた国家のうそ|NHK 鹿児島県のニュース
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20220411/5050018397.html

*2 ホロモドールの真相についての宇/露間の見解は、その計画性の有無をめぐり今日も対立している

【主要参考引用文献】

亀山郁夫 『磔のロシア スターリンと芸術家たち』 岩波書店 2002年
アントン・チェーホフ 『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』 浦雅春訳 光文社 2009年

【映画評】 ルーシの呼び声(2)『チェルノブイリ1986』『インフル病みのペトロフ家』『ヘイ!ティーチャーズ!』『ドンバス』ほか 2022年5月20日

【本稿筆者による言及作品別ツイート】(言及順)

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