【となりの異教徒 妻は寺娘】 あなたは異教徒、私は異教徒~学生たちからの質問に答える!オンライン座談会(2)最終回 Ministry 2022年冬・第50号

 これまで全10回にわたって連載を続けてきた。主に筆を執ってきたのは私、真太朗のほうであったので、どうしても私目線の内容になっている。ただ、一つ断っておくと、本連載のタイトルである『となりの異教徒』というのは、私から見た妻・明香のことを「異教徒」と呼んでいるわけではない。実は、明香を含め、この国の大多数の人々から見て、キリスト教徒である自分のことを「異教徒」と言っているのである。キリスト教は、日本ではマイノリティな存在だ。

 そのことを「異教徒」である信者自身はいつも自覚しておく必要がある。無論、周りに遠慮しながらひっそりと生きていくことを勧めているのではない。むしろ、日本のキリスト教信者たちは、少数ながらも神によって守られ、その存在を肯定していただいていることを喜びつつ、幸せな信仰生活を過ごせば良いと思う。それと同時に、私たちをお支えくださる神は、非キリスト教徒である数多くの日本の人々をも、ありのまま愛しておられるのだということを私たちは心に留めるべきであろう。そうして、互いの宗教観や文化、価値観の違いを尊重し合いながら、愛によって繫がる人間関係を共に築いていきたいものである。

 稀有な存在である私たち夫婦の日常が、皆さんに問いや気付きの機会を提供できたならば実に幸いなことです。ご愛読ありがとうございました。

【となりの異教徒 妻は寺娘】 あなたは異教徒、私は異教徒~学生たちからの質問に答える!オンライン座談会(1) Ministry 2021年秋・第49号

 お子さんが将来、「教会にしか行かない」とか「お寺にしか行かない」ということを言い出したらどう対応されますか?

真太朗 単刀直入に言うと、それは子ども自身が決めることかな、と。僕らがあーだこーだ言って決めさせることではない。ヒントは与えてあげると思う。異なる視点から、「こんな考え方もあるよ」「他にこういう見方もあるよ」というように。でも、「こうしなさい」「これが正しい」とは絶対に言わない。それこそ、もし子どもが大人になってから「自分はお坊さんになりたい」と言い出したなら……。

明香 「イェーイ!勝ったー!」って言います。

真太朗 なんでやねん(笑)。子どもの意志に反対するつもりはないし、むしろ「自分で自分の進む道を決めることができたんだ。凄いな」と感心するかな。まあ、牧師になろうがお坊さんになろうが、今後日本の宗教はどちらも茨の道だけどね。信者は激減していくし。もちろん、まったく宗教に関わらない人生を歩んでいくのもありだと思う。でも、キリスト教にも仏教にも興味を持ってくれたら嬉しいよね。最終的には、家族といえど違う人格を持っている人間なので、自分のことは自分で決めたら良いんじゃない。

 お話を聞きながらネットで調べていたんですけど、キリスト教右派に関する内容の中に「リバイバル」という言葉が出てきました。どういう意味ですか? ご夫婦に関する質問ではないですが……。

真太朗 「信仰復興(信仰覚醒)」という意味のキリスト教用語やね。簡単に言えば、めっちゃキリスト教の信者が増えるムーヴメントのこと。「世界中にキリスト教信者が増えてほしい」と願っている人たちは「リバイバル」というものを期待している。日本国内でも、たくさんの日本人がクリスチャンになることを願っている人たちがいるよ。でもさ、日本のクリスチャンって総人口の約0.7%しかいないんだよね。ウチの大学で考えれば、全学生のうち50人くらいしかクリスチャンがいない計算になる。なかなか厳しいよね……。

明香 じゃあ、逆に皆さんに対して質問してみようかな。「もし、キリスト教の信者と結婚することになったら、どう思いますか?」

 私は別に良いかなと思います。でも、宗教に関して〝強要〟されるのは嫌ですね。いくら熱心に諭そうとされても、自分が理解できないものは受け入れないと思います。(教会とかに)自分から行きたいと思えば行きますけど、無理には行きたくないですね。

 私も賛成派なんですけど、宗教って教派・宗派があるじゃないですか。(某キリスト教系新興宗教のように)医療などに関わることを拒否しないといけないなどのルールがあったりしなければOKです。

真太朗 確かに、今までの自分の人生になかったような抵抗を感じたり理解できなかったり、そういうものがなければ大丈夫かもね。結婚だけでなく、今後生きていく中でさまざまな人たちと出会っていくことになるけど、その中にはいろいろな宗教を信じている人たちがきっといると思う。そのような人たちとの関わりの中で、どれくらい相手を尊重できるか、譲歩できるか、ということを考えるのは大切なことやね。

明香 私も今はまだ(?)神さまを知らないから洗礼を受けないのであって、もし今後「神さまとの出会い」のような経験をしたならば、洗礼を受けようと思うかもしれない。「絶対に洗礼を受けません!」ということではないです。彼は、キリスト教を理解しているからクリスチャンであって、私は信仰について理解できていないからノンクリスチャン。その中で大事なのは、相手を理解しようと努力し、お互いの心地良い妥協点を見出すこと。宗教が違うだけで心が離れてしまうのはもったいないよ。

真太朗 こんなところで終わりましょうか。皆さん、こうしてキリスト教主義大学に入学したというのも「導き」「縁」でしょうから、せっかくなので「宗教」というものに関心を持ってキャンパスライフを過ごしてもらえればと思います。ご協力ありがとうございました!

(完)

柳川 真太朗
 やながわ・しんたろう 1989年、ノンクリスチャンの家庭に生まれる。2007年4月8日受洗。2014年3月、関西学院大学大学院神学研究科前期博士課程修了。同年4月、日本基督教団 名古屋中央教会担任教師。2017年4月より、名古屋学院大学 キリスト教センター 職員(日本基督教団教務教師)。

柳川 明香
 やながわ・はるか 1990年、曹洞宗の寺の長女として生まれる。2013年3月、関西学院大学神学部卒業。結婚後、夫・真太朗と共に名古屋へ。牧師・司祭用カラーシャツ工房『HARCA』経営。

【PR】牧師服・司祭用カラーシャツ工房 HARCA  / DATABASE

【Ministry】 特集「コロナ後のセカイ、教会のミライ」 50号(2022年冬)

連載一覧ページへ

連載の最新記事一覧

TO TOP