【この世界の片隅から】 「世界の片隅」香港からの声――新装版コラムに寄せて 松谷曄介 2023年1月11日

 香港カトリック教会の元司教・陳日君(ジョセフ・ゼン)枢機卿は、2019年の「逃亡犯条例改正案」反対運動の抗議デモ参加者を支援する「612人道支援基金」に関わっていたことで、歌手の何韻詩(デニス・ホー)、弁護士の呉靄儀(マーガレット・ン)と共に「香港国家安全維持法」(国安法)違反容疑で起訴されていたが、昨年11月、「社団条例」に基づく登録手続き違反という罪状で罰金4000香港ドル(約7万円)の有罪判決を受けた。結果的には比較的軽微な罰金刑で済んだものの、枢機卿というカトリック教会の高位聖職者の逮捕・起訴・有罪は、教会にとっても社会全体にとっても大きな威嚇となっていることだろう。

 最近、筆者の香港人の友人夫妻が3年振りに来日し、久々の対面再会を果たすことができた。積もる話をしながら、次第に香港の政治や教会情勢についても話題が及んだ。彼らの教会(プロテスタント)は香港を代表する大規模教会の一つで、土・日に7回実施される礼拝の出席数は10年前までは1200人ほどだったのが、2014年の雨傘運動以降には同教会の牧師が民主派に近い立場だったこともあり、親中派の信徒が他教会に転出するなどして900人に減少した。19年の大規模抗議運動と20年の「国安法」施行を経て、香港の将来に不安を覚える信徒の海外移住が相次ぎ、さらにコロナ禍で感染不安から礼拝に来なくなった高齢層、オンライン礼拝の普及で在宅礼拝に慣れた青年層が少なくない。

UnsplashErin Songが撮影した写真

 こうした複数要因が重なり、今では礼拝出席者が600人に激減し、教会の各奉仕者が不足し、礼拝回数を減らす案も出ている。また牧師が説教や祈りの内容を「自己検閲」するようになり、政治的・社会的に敏感な話題には触れなくなったという。

 香港の社会も教会も近年はこうした暗いニュースがばかりに思えてしまうが、希望を持てる明るい話も聞くことができた。友人夫妻のその教会はカンボジアや日本などへの短期のユース・ミッション・プロジェクトを再開させようとしている。それは自分たちの教会が困難な状況にあっても、いやむしろ困難だからこそ、近隣諸国の教会とともに宣教することを通して、世界教会との祈りと交わりを深め、そうした枠組みの中で香港教会の次世代の信仰育成をしたいということのようだ。友人夫妻は多忙な中でも教会の諸奉仕に参与し、夫の方は安定していた公務員の職を辞し、伝道者となるべく一昨年より神学校で学び始めている。

 こうした香港のキリスト教に関する事柄は、日本に住む私たちにとって、国内外の大きなニュースに比して、「世界の片隅」の小さな出来事に過ぎないかもしれない。しかし、コロナ禍と国安法という二重の災禍の中で苦闘しながらも前進しようとしている教会と信仰者の様子を知らされる時、それら一つひとつが、21世の今を生きているキリスト教のリアルであることを改めて思わされる。

 本コラムは過去2年間、「東アジアのリアル」という題の下、多くの優れた執筆陣に恵まれて継続することができたが、今年よりコラム名を新たにすることとなった。これまでは、東アジアに限定し、日本在住・現地在住の研究者・伝道者たちに中国大陸・香港・台湾・韓国などの地域のキリスト教情勢について健筆をふるっていただいたが、例えば香港情勢一つとって見ても、イギリスや台湾をはじめとする海外への移民が増加し、「離散(ディアスポラ)」のキリスト者をめぐる状況も生まれており、もはや香港という地理的範囲では括れなくなってきている。また中国大陸や台湾、韓国のキリスト教にしても、以前より北米や日本にも多くのディアスポラ・クリスチャン・コミュニティーができており、海を跨いでのダイナミックなさまざまな動きが見られる。

 そこで今年は新たにイギリス在住の香港人研究者と日本人ユースワーカー、中国大陸出身でカナダ在住の中国人研究者、日本留学経験もありアメリカ在住の韓国人牧師、中国大陸出身で香港在住の若手研究者など、「アジア的視点」を持ちつつ世界各地に広がる「ディアスポラなキリスト教のリアル」を体現するような方々に執筆陣に加わっていただいた。

 情報化の時代と言われながらも、日本に伝わってくる海外のキリスト教情勢についての情報源は限られている。その意味で、本コラムが重要な情報共有の場となることを期待したい。「海外のキリスト教情勢よりも、日本のキリスト教の現実の方が大事ではないか」という声もあるかもしれないが、むしろ「世界の片隅」で起きているキリスト教のリアルに目を向ける時、日本社会の片隅に追いやられつつある「日本のキリスト教」のリアルな諸課題や新たな可能性に対する気づきが与えられるのではなかろうか。

 まつたに・ようすけ 1980年、福島県生まれ。金城学院大学准教授・宗教主事、日本基督教団牧師、博士(学術)。国際基督教大学(ICU)、北京外国語大学、東京神学大学、北九州市立大学を経て、香港中文大・崇基学院神学院で在外研究。専門は中国近現代史、中国キリスト教研究。「キリスト新聞」編集顧問。

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