【書評】 『ハンス・キュングと宗教間対話――人間性をめぐるその神学的軌跡』 藤本憲正

 スイス出身のカトリック神学者ハンス・キュングは、宗教間対話を推進した神学者として知られ、非キリスト者とも積極的に対話し、人間であることの神学的意味を解明しようとした。宗教間対話とは、諸宗教の信仰者がその教えについて話し合うことで、相互理解を促進しようとする運動。キュングのライフワークであった。

 著者がキュングに関して論考した博士論文を大幅に加筆修正し、1冊にまとめた。「Küng」という名前の読みについては、「キュンク」「キュング」「キューン」などの表記があるが、本書では「キュング」を採用している。

 キュングの著作・神学をめぐっては、すでに多くの研究が公表され、日本でも邦訳が出版されているが、本書のように複数の分野を横断した研究は少ない。章の並びは、大きくは年代順だが、キュングの思想の変遷に沿っており、全体像を把握するのに役立つ。

 キュングの最初の著作は博士論文を出版した『義認論』。この著作で彼は、プロテスタント神学の「義認」とカトリック神学の「義化」の教理が対立しないことを示し、トリエント公会議以来のカトリック教会とルター派教会の対立を解消して、後の両教会の和解への道備えをした。

 第二バチカン公会議(1962~65年)では、ヨハネ23世に指名されて顧問神学者として参加。80年代にはプロテスタント神学の歴史批評的研究を吸収し、伝統や教理を独自に研究し発表。90年代にはキリスト教神学や宗教学から、世界平和を目指した政治経済的な領域へと守備範囲を広げた。

 キュングが93年に発表した「世界倫理宣言」は、シカゴで行われた第2回万国宗教会議で、諸宗教の代表による修正を経て採択された。その内容は、「どの人間も人間らしく扱われなければならない」という倫理的義務に始まり、「人間らしさ」を四つの方針によって具体的に指し示す。

 安楽死、妊娠中絶など、倫理的問題に関して現状の諸宗教が、常に同一の判断を下すとは考えられないが、それでもキュングは、宗教が異なっていても「グローバルな展望」「平和な共生のビジョン」を持つことが可能であると考え、互いの間に倫理的な一致点を見出すことで、平和を実現しようとした。対話とは、そのために必要なプロセス。世界倫理の深化と具体化のためには、対話の継続が不可欠であるとした。

 諸宗教との対話とは、諸宗教の融合を意味するのではなく、自己変革が生じていくこと。各々の宗教が固有の道にありながら、常に新しく自己を革新し、作り変えられることによって、「古い信仰は破壊されるのではなく、むしろ豊かにされる」とキュングは主張した。対話とは「創造的な変化の道」なのだと。

 「世界倫理」に関して、キュングは学術的な議論に留まらず、国連で演説するなど、政治や経済界、諸宗教の指導者とも広く協力関係を持って社会的影響力を及ぼした。その歩みは、第二バチカン公会議のテーマ「現代に開かれた教会」という精神を発展させ、信仰の可能性を広げていき、「人間らしい」社会を作ることで世界平和を実現しようとするものだったといえるだろう。

 キュングの構想・主張に対しては、理論的内容が不明確とか、考察に不十分な点が残っているといった指摘がある。また、一般的な言葉を用いて洞察を語り、読者に訴える著述スタイルであるため、論理が大雑把であるとの反論を呼びやすい。しかし20世紀後半に提起された宗教間対話から意義を引き出し、現代の議論につなげていくことは十分可能である。

 今年、逝去の報がもたらされたハンス・キュング。世界平和のためには宗教間の対話が不可欠であるとのコンセンサスを取りつけ、後世に残した業績は大きい。彼は自らを土台として差し出し、バトンを継いだ者が踏み超えていくことを願ったのではないか。絶え間なく終わりのない対話を続けることで、キュングの希求した夢が夢でなくなっていく世界を見たい。

【書評】 『ハンス・キュングと宗教間対話――人間性をめぐるその神学的軌跡』 藤本憲正

【3,245円(本体2,950円+税)】
【三恵社】978-4866930138

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